「転ぶな、気をつけろ」
 また心配性が出た、子どもじゃないんだから。

「まだ桃は子どもだ」
 違うってば。

「興味をもつと子猫のように走り出し、蝶が飛ぶように動き回るから、危なっかしいんだ」

 前にもおなじことを言った。また、卯波先生のお父様に笑われますよ。

 あああ、気持ちいい、最高。両手いっぱいに広げて深呼吸をする。

 雲ひとつない真っ青な空もいっしょに、次々とそぼ降る桜の雪を、飽きることなくいつまでも仰ぎ愛でた。

 ひとしきり楽しみ、視線を下に移せば甘やかな薄紅色の桜の花びらの絨毯が、辺り一面に敷き詰められていた。

 私ったら、上ばっかり見ていたんだ。地面も、こんなにきれいだったんだ。

 いつまでも、足もとを見つめていられる。気持ちが落ち着いて、心の中が無になり、ぼぉっと気持ちいい。

 情緒ある風景にたたずむ卯波先生は、優雅で品のある微笑み。
 まるで桜が引き立て役の絵みたい。とても美しくて、桜くらいに目を奪われる。

 卯波先生の肩や髪の上では桜が、ほっと安らぐように、くつろいでいる。

 そっと手に取って膝を屈めた。大切そうにつまんで、花びらをなにするのかな?

 見ていたら、桜の絨毯に静かに置いた。

 卯波先生の思いやり溢れる行動にも、花に対する愛情があって、ますます卯波先生のことが大好きになった。

 また、視線を鮮やかに咲き誇る桜並木に移した。気が済むまで、ずっと愛でていたい。

 時が止まったように、しばらく眺めて振り返ると、巻き上げられ舞い踊る桜の中、吸い寄せられるような熱い視線を感じた。

 とろとろに、とろけちゃうかと思うほどの熱視線で動けなくなった。
 じっと見つめていたみたい。

 桜の絨毯を踏むのがかわいそうで、隙間を見つけては跳ねながら移動して、卯波先生のもとについた。

「いつまでも飽きずに見ている、無邪気で自然体の姿が愛くるしくて見入っていた」

 卯波先生の口元は、結んだままの唇が上がり、心の中から愛情が涌き出たような微笑みを浮かべて、見惚れるほど優しい笑み。

「俺の前でだけは無防備、無警戒、隙がある。他者の中では社交的で人懐こいが、用心深くて強い警戒心をなかなか解かないのに」

 とっても嬉しそうな顔と言い方。

「まったく俺に見向きもしない。桜に焼きもちを妬いていた、早くおいで」
 微笑む持て余す長い腕が、私を引き寄せた。