いつものように話題は、うちの両親の話。
 卯波先生は、いつも私の家族を大切にしてくれる。

『なぜかって? 桃がうちの両親を大切にしてくれるからだ』って。
 幸せを噛みしめていたら、思い出したみたいな小さな笑い声が聞こえた。

「いつかの、うちの親を思い出した。親父は『この子は、われわれの実娘なので、もうお返しません』って言ったっけな」
 気が早いのは遺伝なのかな。

「おふくろは『娘が欲しかったので、やっと願いが叶いましたわ』って。嬉しくて仕方がないんだろう」

 あのときは会話が取って変わって、笑い声に包まれたっけ。

「私も、卯波先生のご両親が大切で大好きです。ご両親のおかげで、卯波先生に巡り逢えた。それを感謝しないなんて罰が当たります」

「ありがとう。桃のその想いは、自分のことよりも嬉しい想いだ」
 私もおなじ想いをたくさん伝えた。

 元々、ごてごてに飾られた派手な服装や持ち物や場所は落ち着かないから苦手。
 質素で素朴で自然に囲まれた、卯波先生のご実家が大好き。

 時間より少し早くついたから、広大な敷地に咲く花々や緑生い茂る木々の中を、淡い春の日射しに照らされながら散策することになった。

「そこの角を曲がると、風向きも景色も一変する」
 仰ぎ見ると、いつもみたいに顎で軽く合図をしてきた。

「初めての道です」
「うちの敷地には、桃が知らない風景がまだまだたくさんある、行こう」

 十メートルほど歩き、角を曲がると眼前に広がる、果てしなくつづく道に、思わず息を飲み込んだ。

 なんて、きれいな桜並木。

 左右の桜から長く伸びる枝が、互いを支え合うように重なり合い、仰ぎ見ると目にも鮮やかな、桜の天井になっていた。

 しばらく立ち尽くす私を置いて、少し先を歩く卯波先生の大きな左手が、うしろ手に手のひらを緩やかに二度揺らし、早くおいでと私を呼ぶ。

 ハッとわれに返り、子犬みたいに駆け寄り、しっかりと手を握った。

「さすがの桃さんでも圧倒されて、足が動かなかったですか」

 隣を仰ぎ見たら、まっすぐ前を向く顔は澄まし顔を決め込んじゃって。

「きれい、凄くきれい」
「高揚している桃の顔も、桜みたいに染まっている」
「だから?」

「きれいだ。言わせるように誘導するとは、相変わらず策略家だな」

 ゆっくりと口角を上げた卯波先生に、手を引かれて歩を進める。

「あっちの桜は、桜吹雪でお出迎えしてくれてます」
「空を儚く乱舞している」

 ちょっぴり強引な春風にさらわれるように、可憐で甘やかな無数の花びらが舞い踊って、とても情緒的で心が動かされる。

 どうしても、その一枚いちまいを手のひらに感じたい!

 どうしようも抑えようにない、心の動きに急かされ、桜に駆け寄ろうと卯波先生の手を離した。