「頼りにされてたから、開業する時は残念がられたそうよ」
 自分のことのように、坂さんが嬉しそう。

「それだけじゃない、面倒見もいいから安心して大丈夫。ラゴムに来られてラッキーよ」

 よかったねって、伝わる表情が晴れやか。

「それと、ひとつ。院長は新人だろうがなんだろうが、どんなことでも、とにかくやらせるからね」

 覚悟を決めろと。やるしかないと。

 そういうことね、なんとかなる。

 まっすぐにつづく、廊下の右側手前から検査室、オペ室、入院室、隔離室、レントゲン室と並んでいて、全面ガラス張り。

 それぞれの部屋に行き来できる便利な造り。

 もうひとつのドアからは、診察室につづくスタッフステーションにも行き来ができ、廊下からも出入りができて、動線を考えた完璧な間取りになっている。

 これだから間口が広いわけだ。
 
 レントゲン室の隣の一番奥が休憩室になっていて、ロッカーの他にテーブル、椅子、テレビ、小さな冷蔵庫がある。

「このロッカーが緒花さんのよ。以上、なにか質問は?」
「ないです」

「それなら、着替えたらスタッフステーションに来て」
「はい」
 さすがに、休憩室はガラス張りじゃないね。
 
 白衣に着替えて、スタッフステーションに出ると、きらきら輝いているんじゃないかって背中が目に飛び込んできた。

 青空みたいな青いスクラブのうしろ姿は、贅肉のない体型で、持て余す手足がすらりと長い。

 面接では、うしろ姿は見られなかったけれど、院長は黒髪短髪だった。

 面接の方とおなじ髪型ということは。

 この方が噂の宝城(ほうじょう) 聡一郎(そういちろう)院長かも。

「おはようございます、緒花 桃です」

 うしろからお伺いを立てるように声をかけて、向かい合ったときに改めて挨拶をした。

「おはようございます、緒花 桃です!」
「おはよう、元気いいな」

 今日からラゴムの一員になれて嬉しいことと、一日も早く仕事を覚えて頑張ることを伝えた。

「がんばれよ」

「はい。慣れない仕事で、ご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、やる気だけは、人一倍あります。どうかご指導のほどよろしくお願い申し上げます」

「なにもかもが、新しい中に飛び込んでいくんだから、緊張もするよな、リラックスしていこう」

「期待に添えられるように努力します」
「気負いしなくていいからな」

 笑顔で、大きく頷いてくれた瞬間に緊張がほぐれ、いつもの自分に戻って肩の力が抜けた。

「まじまじ見て、どうした?」
「ドクターコートじゃないんですか?」

「院長だから、ドクターコートなんて概念は、今どきナンセンスだ。スクラブのほうが治療しやすい」

「ドクターコート姿もかっこいいでしょうに」
「自覚してるし、人からもよく言われる」
「は、はあ」

 自分で言うかな。真顔で謙遜しないし、顔に自信満々の笑みが溢れているし。