「ラゴムの立派な院長の噂を聞きつけて頼みました」
 無下にできない愛らしい顔で、にっこり笑うと、院長に向かってウインクをしている。

「な、聞いたか緒花。俺の噂は世界にも届いてるんだよ、尊敬しかないだろ?」
 戸和先生に負けないほどの笑顔の院長に呆れる。

「院長」
「なんだよ」
「いったい、いくら大金積んで戸和先生に言わせたんですか? ラゴムの立派な院長の噂ですって?」

「嫉妬は見苦しいぞ」
「は、誰が嫉妬なんか」
 鼻で笑っちゃう。

「豚みたいに鼻鳴らしてないで、緒花が面倒見てやれ」
「丸投げですか?」

「俺はセミナーの資料作成やらなんやら、坂さんは緒花みたいに暇じゃない」

「真顔でいいます? 私だって私だって」
「四の五の言ってねえで、とっとと働け暇人が」
 パソコン画面から視線も移さず言いたいこと言って!

「青鬼院長!」
 ブルーのスクラブを着た院長には、ちょうどいいでしょう!
「うるせえ、桃太郎」

「キィキィ、キィキィ、猿!」
「キャンキャン、キャンキャン、負け犬ほど、よく吠えるって言うもんな」
「院長のほうがうるさい!」

「こらこら、また始まった。卯波先生がいらっしゃらないと、私が止める役なのよね」

「キィキィ、キャンキャン、院長と桃いつもこれ?」
「ラゴムの年中行事ですよ。いがみ合いを見ると、ラゴムだなあって安心します」

 坂さんもか、卯波先生も言ってたっけなあ。

「ウナミ? Oh! ウナミね」
「友だちかよ、卯波のこと知ってんの?」
「世界のウナミですよ」
 キャッチコピーみたいな卯波先生。
 どれだけ卯波先生が凄いか、興奮気味に
力説している。

「院長より卯波先生のほうが有名ですね。戸和先生が興奮してますよ」

「俺を煽ってるつもりか。卯波と比べてもなんとも思わねえよ。逆に誇りだよ、ざまぁみろ」
 
「そろそろ受付に戻ります」
 呆れた坂さんが、いち抜けした。

「戸和先生、とりあえず、私についてきてください。暇ができたら、病院案内します」

「緒花は、いつでも暇だろ」
「院長の口は暇じゃないですよね、年中がら年中喋りっぱなし」
「緒花にだけは言われたくないね」

「坂さんいなくなったし、やりますか?」
「おうおうおうおう、いっちょ前に煽るのか」

「こら! 二人とも! 受付まで聞こえてますよ、いい加減にしなさい!」
 待合室に誰もいないから、坂さんの声が院内に響き渡った。

「緒花は態度だけじゃなくて、声もでかいもんな」
「院長なんか無駄に背が大きい」
「ひがむな、妬むな」

「資料作成なんかして、途中でバンバン診察に呼ばれるのに、集中できずに効率悪くありません?」

「緒花の頭といっしょにすんな」
 くっ、鼻で笑ったな。
「院長なんてね、院長なんて院長なんて」
「もうネタ切れかよ、顔洗って出直して来い」

 いよいよ、坂さんが私の腕を引っ張り、院長と引き離して薬棚のほうに連れて来た。

「戸和先生に、薬棚や点滴や注射棚の説明をしなさい」
 静かな声でゆっくりと命令された。怖っ。