カタカタとリズムよくパソコンのキーを叩く音が聞こえてくる。
 最近の院長は、時間を作ってはセミナーの資料作成をしている。

「おはようございます」
「おはよう、浮かない顔して、なにかあったのか?」
 朝イチから浮かない表情してたらダメだよね。

「卯波先生、ご多忙で、ここずっとずっと逢えてないんです」
「ここずっとって?」
「二ヶ月です。時期が時期ですし仕方ないですよね」

 ただでさえ大忙しの春。おまけに患畜の夜間急患が入ったり徹夜もある。

 定期的にでは、アニマーリアに転院させたり、これから転院させる患畜に関する打ち合わせもある。

 それに、日帰りや泊まりでの学会やセミナーや勉強会も、相変わらず参加している。

 理屈ではわかっているの。でも、心は恋しくなるものでしょう。

「そっか、あいつも頑張っているとはいえ寂しいな」
 卯波先生の仕事の大変さを十分に理解している私を、いつも院長は優しく受け止めてくれる。

「動物の命をあずかってるから、簡単には抜け出せないですもんね」

「できるだけ早くプレーゴに行かせるように努めるよ」
「いえいえ、こんな私の都合でダメです」

 院長は平気な顔をしているけれど、卯波先生が抜けた穴は大きいと思う。

 いくら卯波先生のことが好きでも、今の状況でラゴムを去るなんて出来ない。

「私を、まだラゴムに置いてください」
「ありがとう、もう少しラゴムの一員で支えてくれ」

 返事のしるしに頷く私を見て安心したのか、院長が再びパソコンの画面に視線を移した。

「ん?」
 院長の声と同時に、リズムよく聞こえていたパソコンのキーボードの音が止まった。

 なにか文章を読んでいるのか、マウスがリズムよく動き始める。
 ものの数分でパソコン画面から顔を上げた院長が、受付にいる坂さんを呼んだ。

「いよいよ、臨時の先生が明後日来るぞ」
 なんとなく坂さんも情報を知っていたのか、安心した表情を浮かべている。

戸和(とわ)先生、やっとオーストラリアから帰国されたんですね」

 なんでも、日本人で獣医師であるお父様とオーストラリア人で産業動物獣医師のお母様が、戸和先生が幼少期に離婚したんだそう。

 お母様は幼い戸和先生を引き取り、オーストラリアに住んでいるんだって。

 オーストラリアで獣医学科で学んで獣医師になって、約ニ十年ぶりに日本に来たそう。

「坂さんも戸和先生をご存知なんですか?」
「院長から、お話をうかがっていたのよ、家畜分野のトップって」

「で、動物病院ですか。どこをどうして小動物臨床に?」