「院長って、好きな彼女と、なかなかそういうことしません?」
「そういうことって、なんだよ?」

「だから、恋人同士がすることです」
「ああ、卯波か」
 慣れっこみたいな、その話かみたいな院長の声。

「さすが院長、勘がいいですね」

 私の褒め言葉に無反応で、視線は一心不乱にパソコン画面に釘付け。

「俺を参考にしても仕方ないだろ。それとも、俺にも興味あんのか?」
「ないない! どう転んでもないです!」

「そこまで否定するか。ずっと高嶺の花って言われてきてるんだぜ。そのイケメンを前に、よくも」

 目をまん丸くして、びっくりしたって顔で凝視された。

「まあまあまあまあ、落ち着いてください」
 伸び上がった背中を前かがみにして、また院長がパソコン画面に釘付けになる。

「彼女が大好きだから悩むよ、もちろん。他人だから、自分とは違うから」
 
 でもね、院長。卯波先生は、私の心が読めちゃうの。
 卯波先生と私は違うようでいて、実は心は丸裸にされているの。

 この瞬間さえ、卯波先生は私の心が読めている確率が高いし。

 エンパスは、卯波先生と私だけの秘密だから、院長には話せないし。
 難しいところだなあ。

「大切だから、緒花のこと。好きなんだよ、緒花のことを」
 大切だから好きだから、そうなりたいんじゃないの?

「緒花を失いたくない。男は意外と弱い」
 いつも明るい院長が、伏し目がちな表情を浮かべるから、調子がおかしくなっちゃう。

「いつも冷静沈着でクールな、あの卯波先生がですか?」
 慌てて卯波先生を強調した。

「その性格と弱さは関係ないだろ。慎重になるさ、好きの気持ちが大きけりゃ大きいほど。気持ちだよ気持ち」

 顔も向けずに、ただただパソコンのキーボードをリズミカルに打つ院長。

「私の気持ちが固まるまでダメだ、待つって」
「自分の気持ちが固まるまでだよ」
「逆に?」

「そう、卯波がゴーサイン出すまで待っててやれよ。男って可愛いなって余裕持てよ」

 恋愛未経験の私が、そんな余裕を持てるのかな。
 
「自分のするべきことを着実に、ものにしていきます」

「精神衛生上、それがいいじゃん。日一日と成長している緖花は、俺の誇りだよ」
「ありがとうございます、がんばります」 

 お礼をして席を立つ、私のうしろから院長が言葉をくれる。
 
「いつか解決することだから。延長線上にある悩みとして、頭の片隅に留めておく程度にして、あまり思い詰めんな」

「はい!」
 
「で、今まで生きてきて、俺を異性扱いしないで、恋愛相談を持ちかける希少種は緒花だけだよ」

「いやあ、私には院長は、もったいなくてえ」
「おい、顔が笑ってるよ」

「院長って、高嶺の花なのに、好きな人からは好かれないんですね」
 それが不思議。こういうのモテないっていうんだね。

「ひとりのものになったら、世の女性方が失意のどん底に落ちて哀しむだろ」
 いつも真顔で言うから恐れ入る。

「そうならないように神様は考えて、俺と俺の周辺を創造したんだよ」
 凄い発想、俺の周辺だって。

 私も院長くらいポジティブになりたいな、なんてね。