策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師

 余韻に浸る私を、尻目に見ながらソファーから離れて荷物を持つ顎先は、首だけ振り向いて“立て”と合図をしてくる。

 どうして、こんなに関心なさげでドライなの?
 切り替えスイッチが早いのは、どうして?

 言われるままに立ち上がり、玄関に行っちゃうから、うしろをついて行く。

 卯波先生の指先が、玄関のスイッチにかかる間際、思わず高い腰に抱きついたら、微かに腰がぴくりと動いた。

 いつも冷静沈着な卯波先生でも、さすがに私の大胆な行動には驚いた?

「どうした? 今日は、ずっといっしょにいたのに、里心がついたように急に甘えて」

「いっしょにいたけど、初めての場所に行ってたもん。私の家が恋しい、帰りたい」

 忘れちゃったの?

「毎日帰りたい家、私の家って」
 言い終わる前に広い背中が振り返り、逞しい腕に抱き寄せられた。

「桃の家は、ここだ」
 そう、私の家は卯波先生の腕の中、覚えていてくれたんだ。

 静寂の中、時が止まったように、なにも言わずに抱き締めていてくれる。
 このまま、ずっといっしょにいたい。

「ホームシックか」
 離した体から見下ろして、私の手を取る。

 私の心を、想っていることを読んでいるでしょ、オフにしていない。

「行こう」
「いっしょにいたい、帰りたくない」
「ダメだ」
 説いてくる口調は、一言ひとことを切って、はっきりとした口調。

「楽しい時間はあっという間。もう少し、いっしょにいたい」
 ぽつりと呟いて、わがままを承知で少し卯波先生の裾を引いてみた。

 裾を握ったまま、気まずいほど沈黙がつづいてから聞こえてきたのは、深い驚きを吐き出すようについた、卯波先生のため息。

 向き合っていたら急に膝を屈めて、私とおなじ目線になってきたから、きゅっと全身に力が入ってしまう。

 いっしょにいたいのに怖いの。キスは嬉しいのに、その先は......

 私の両肩に両手を置いてなだめてくるから、卯波先生の顔から目をそらす。

「嫌だ嫌だ、嫌です」

 子どもが、いやいやをするように首を横に振ると、卯波先生が大きなため息をついて眉間にしわを寄せた。

「俺だって男だ、刺激しないでくれ。まだ桃は子どもだ、怖がっているじゃないか、もう少ししたらだ」

「子どもじゃない」

 抱きつくと、卯波先生が苦しそうな表情で呪文を唱えるように吐き出した。

「ブレーキが効かなくなる、コントロールができなくなる」

 抱きつく私を自分の体から離して、俯いてしまった卯波先生の顔を見上げると、なにかをじっとこらえているみたい。

「両親は、いい女の子になるように育ててくれたけど、今夜だけはちょっと悪い子になりたい」
 
 視線が合いそうになると、驚いたようにそらして、明後日のほうに顔ごとそらされた。

「まだ、桃には......早いことなんだよ」
 
 いつもの言葉遣いじゃない。今は、優しく噛んで含めるように話してくれる。

 卯波先生は、私を大切に想ってくれているんだ。

「行こう、送る」

 つないだ手が、とても優しくて温かい。

 いつかくる“そのとき”には、心も体も卯波先生を受け入られる私がいる。