策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師

 卯波先生のお母様が朗らかな笑みを浮かべ、愛しげに卯波先生に視線を移す。

「あのヤマモモで毎年、ジャムとお酒を作るのよ」
「美味しそうですね、食べたことがないです」

「聡一郎くんのラゴムは、カレンダー通りの休日よね。作っておくから遊びにいらっしゃい」
「ありがとうございます」

「ひとりでも遊びにいらっしゃいな」
「桃は方向音痴だ、おなじような家ばかりの屋敷町を、まだひとりでは来られない」

「それなら」
 卯波先生のお母様が、頭の中をフル回転させるように、目を上下左右に動かす。

「そうよ、聡一郎くんに連れて来てもらえばいいわ。われながら、いいアイデア」

「桃は俺が連れて来る」
「あなたじゃ、つまらない」
 かけ合いのテンポが院長や私みたい。

「桃、自分で思わないか? おふくろと似ているって」
 指摘に、いたずらが見つかった子どものように愛想笑いを浮かべた。

「絵に描いたような愛想笑いだ、その顔は図星だ」

「さあ、母さん、われわれはセンターに戻ろう」
 挨拶を交わして、ご両親をお見送りした。 

 ご両親も獣医師と動物看護師。

 仲睦まじく歩いて行く背中をお見送りしながら、将来の私たちの姿に重ね合わせると自然と笑みが溢れる。

 卯波先生もおなじことを想っていたみたい。顔を仰ぎ見ると、優しい瞳が見つめ返してきた。

「せい坊っちゃま」
「どうしたの?」

「せい坊っちゃまの、お好きなものをお作りしましたよ。是非ご夕食に、桃さんとお召し上がりくださいませ」

「いつもありがとう、初美さんの料理が大好きだ」

 袋を受け取る端正な顔立ちは、笑顔が崩れても美形は美形。とても嬉しそうに笑う顔も大好き。

「せい坊っちゃま、お車のご用意が整っております」

「根崎さん、ごめんなさい、事前に伝えればよかった。彼女が車酔いをしてしまうから、電車で帰るよ」

 卯波先生の隣で、いっしょに深々と頭を下げた。

「かしこまりました」
「庭を散歩して、そのまま帰るよ」

「ごゆっくりと、お楽しみください。お帰りになる際は、お気をつけくださいませ」

「ありがとう、また来る」
「お待ちしております」

 広く長くつづく園路を歩く、私たちの背中が見えなくなるまで、深々と頭を下げて見送ってくださる。

 その、お二方を見ていたいように何度も振り返る卯波先生。

 子どもみたいな顔で振り返るたびに、お二方に手を振っている姿が愛しくて。

 高々と手を上げて、顔が崩れるほどの笑顔の卯波先生を見るのが初めてだから。

 その横顔を見ていたら、心に目があるみたいに、子どものころの卯波先生が簡単に見えてくる。