策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師

 また思い出したし、今、無意識に院長を比べたよね、卯波先生と。

 卯波先生は、私のあとを見守るように、ゆっくりとついて来ていた。

 卯波先生が、うしろにいてくれることが嬉しくて、いつも振り返る癖がついて、それは今でも私の体から忘れさせてくれはしない。

 今も無意識に振り返った、もういないのに。

 心が凍った私には、春なんてもう永遠に来ないみたい。

 まるで、永遠の冬に閉じ込められたように、冷たい風が心を凍えさせる。

 卯波先生に逢いたい。
 逢えない現実にぶち当たると、どうしようもない虚脱感に襲われる。

「花言葉、プリムラジュリアンの花言葉を知ってますか?」
「知らない」

 私の質問に卯波先生は『教えたいんじゃなくて、緒花くんが言いたいんだろう? 言ってみろ』と言ったんだよね。
 また比べちゃった。

「青春の恋、青春のはじまりと悲しみ、あなたなしでは生きられない」

「うん、わかった」
 青空を仰ぎ見ている院長の口から出るのは、白い雲に向かって吐く白い息だけ。

 いつもの多弁じゃない院長に戸惑う。

「あのさ」
 な、なに、喉が大きく鳴りそう。
「プリムラジュリアン」
 が、なに?

「プリムラジュリアンってさ、鰤村ジュリアンって犬猫にいそうだよな」
「ぶりむらジュ」

 思いもよらない唐突な言葉が耳に入ってきて、ぷっと吹き出した。

「いそうですね、いそう、いそう」

 どうにか私を笑わせようと、へんてこな間を作ってくる院長の術中に、まんまとはまって少しずつ頬が緩む。

「ほら見てみろ、スノードロップ、それにローズマリー」
 花言葉は追憶、変わらぬ愛。

「どんなに寒かろうが、寒さに負けず元気に咲いてる花たちをよく見ておけよ」
 微かに紅を見せる花や、色鮮やかな青や紫の花。

 院長が、あちこちに咲き乱れる花たちを力強く指さす。

 弱々しく見える淡い色の薄い花びらの花さえも、健気に一生懸命に咲いている。

「花たちは寒さをものともせず、太陽に胸を張って咲いてるんだよ、厳冬を乗り越えてる」
 突き刺さる冬の風に、頬が痛くなりそう。

 それなのに、花は力強く逞しく咲き誇っているんだ。

「蕾の膨らみが、一つひとつ枝の上で大きくなって、咲きたがってる」

 院長の言葉に、眩しい日射しを浴びて仰ぎ見ると、桃の蕾が薄赤く膨らんでいた。

 もうすぐ固く暗い蕾の中から飛び出して、伸びのび花を咲かせるんだね。
 あともう少し。

 夢中で桃の蕾を見ていた私の耳に、優しく穏やかな声が入ってきた。

「桃、好きだよ」