***
昨日、私のほうから院長に、花を見に連れて行ってほしいことを伝えた。
そしたら院長は快く引き受けてくれた。
誘ってくれた日から一ヵ月が経った。少しずつだけれど、前に進めたと思う。
院長が誘ってくれたときは、つらすぎて行けなかった。
院長の励ましで行ってみようって気になった。院長曰く、荒療治っていうやつ。
私にとっての一ヶ月は、一秒が十分間に感じるほど、一日が終わるのが長かった。
善は急げと、さっそく院長は、翌日に私を公園に連れ出してくれた。
真冬の日射しが静かに降り注ぎ、ほのかな日射しが暖かい今日。
「春はもうすぐそこだ」
キャメルカラーの品のいいコートに包まれた院長が、はだけたコートの裾をなびかせながら呟く。
「寒くないですか?」
マフラーもして来ないで、黒のニットに襟からは、真っ白なシャツが覗いているだけ。
「代謝がいいから」
適度についた筋肉質の体だと、寒くないのかな。
院長から植え込みに視線を移すと、今にも花が咲きそうな膨らんだ蕾を、何個もつけた花を見つけた。
「蕾が、膨張せずにはいられないって弾けそうだ。こっちのは、蕾から咲き出たばかりだ」
公園中の木という木を鳴らして風が吹くのも、ものともせずに院長が花々の説明をしてくれるから、夢中で耳を傾ける。
自分の頭と心に隙を与えると、涙が出てきて止まらなくなるのが想像つくから。
「院長、花もお詳しいんですね」
「卯波が植物が好きだろ。いっしょにいると、あれこれ説明してくるんだよ、学生時代から。嫌でも覚える」
「嫌なんですか?」
「好きだよ」
卯波先生の話になると、いつも幸せそうに話す。
「シクラメンの別名知ってるか?」
別名までは知らないな。
わからないだろって、言いたげな嬉しそうな顔を尻目に、視線を宙に巡らせて考えてみる。なんだろう。
「降参か?」
「わかりません。ダメだ、わからない」
「ブタノマンジュウ」
また嘘ばっかり、思わず鼻から息が漏れるのを指先で抑える。
「また、私をかつごうとして」
「本当だよ、英名の直訳だよ」
「え、だれもおかしいって思わないで決めちゃったんですかね」
「大真面目だろうな」
「ブタノマンジュウ、生涯忘れられない名前になりました。それ、花の名前じゃないって」
「だよな」
最後に放った独り言を拾って、同意してくれた顔を見上げれば、伏し目に私を見ながら嬉しそう。
「なあ、あの花の名前を知ってるか? さすがに名前は知らないだろう?」
「どれですか?」
煽られた感じがして、真剣に院長が指している指先の方向を見たら、知った花、楽勝。
「あれ、あそこの紫に黄色のと」
「プリムラジュリアンですよ」
まだ院長が言い終わらないうちに答えた。
「凄いな、よくわかったな」
「可愛いから大好きです。淡い桃色の花びらの中側はピンクに黄色。それに、あっちは淡い桃色の縁どりの真っ白の花びら」
「いろいろな色があって、見てて飽きないよな」
「行きましょう、もっと近くで見たい」
走る私の隣をいっしょになって走る院長。
突然、懐かしい寂しさに襲われてしまった。
昨日、私のほうから院長に、花を見に連れて行ってほしいことを伝えた。
そしたら院長は快く引き受けてくれた。
誘ってくれた日から一ヵ月が経った。少しずつだけれど、前に進めたと思う。
院長が誘ってくれたときは、つらすぎて行けなかった。
院長の励ましで行ってみようって気になった。院長曰く、荒療治っていうやつ。
私にとっての一ヶ月は、一秒が十分間に感じるほど、一日が終わるのが長かった。
善は急げと、さっそく院長は、翌日に私を公園に連れ出してくれた。
真冬の日射しが静かに降り注ぎ、ほのかな日射しが暖かい今日。
「春はもうすぐそこだ」
キャメルカラーの品のいいコートに包まれた院長が、はだけたコートの裾をなびかせながら呟く。
「寒くないですか?」
マフラーもして来ないで、黒のニットに襟からは、真っ白なシャツが覗いているだけ。
「代謝がいいから」
適度についた筋肉質の体だと、寒くないのかな。
院長から植え込みに視線を移すと、今にも花が咲きそうな膨らんだ蕾を、何個もつけた花を見つけた。
「蕾が、膨張せずにはいられないって弾けそうだ。こっちのは、蕾から咲き出たばかりだ」
公園中の木という木を鳴らして風が吹くのも、ものともせずに院長が花々の説明をしてくれるから、夢中で耳を傾ける。
自分の頭と心に隙を与えると、涙が出てきて止まらなくなるのが想像つくから。
「院長、花もお詳しいんですね」
「卯波が植物が好きだろ。いっしょにいると、あれこれ説明してくるんだよ、学生時代から。嫌でも覚える」
「嫌なんですか?」
「好きだよ」
卯波先生の話になると、いつも幸せそうに話す。
「シクラメンの別名知ってるか?」
別名までは知らないな。
わからないだろって、言いたげな嬉しそうな顔を尻目に、視線を宙に巡らせて考えてみる。なんだろう。
「降参か?」
「わかりません。ダメだ、わからない」
「ブタノマンジュウ」
また嘘ばっかり、思わず鼻から息が漏れるのを指先で抑える。
「また、私をかつごうとして」
「本当だよ、英名の直訳だよ」
「え、だれもおかしいって思わないで決めちゃったんですかね」
「大真面目だろうな」
「ブタノマンジュウ、生涯忘れられない名前になりました。それ、花の名前じゃないって」
「だよな」
最後に放った独り言を拾って、同意してくれた顔を見上げれば、伏し目に私を見ながら嬉しそう。
「なあ、あの花の名前を知ってるか? さすがに名前は知らないだろう?」
「どれですか?」
煽られた感じがして、真剣に院長が指している指先の方向を見たら、知った花、楽勝。
「あれ、あそこの紫に黄色のと」
「プリムラジュリアンですよ」
まだ院長が言い終わらないうちに答えた。
「凄いな、よくわかったな」
「可愛いから大好きです。淡い桃色の花びらの中側はピンクに黄色。それに、あっちは淡い桃色の縁どりの真っ白の花びら」
「いろいろな色があって、見てて飽きないよな」
「行きましょう、もっと近くで見たい」
走る私の隣をいっしょになって走る院長。
突然、懐かしい寂しさに襲われてしまった。


