策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師

「ドラマで執刀医にメスって言われて、看護師が差し出すシーンのですよね?」

 私もそれくらいは知っていますよ。笑顔で褒めてくれるよね。

 オペ用マスク越しに、ちらりと見てきた卯波先生の瞳は、私の予想に反して、困ったもんだと言いたげな目。

 目しか見えないのに、当惑しているのがわかる。

「あんなのは、ドラマや映画の中だけの世界だ。実際は手渡しは危険だからやらない、置き渡しだ」

「ここにメスを置いて渡すんだ」って、手が使えないから、静かに首をくいと振って教えてくれる。

「器械出しは、まだまだ先だ。アニテク(動物看護師)の仕事は、覚えることが山ほどある。徐々に教えていく」

 卯波先生の執刀する手もとを凝視しながらも、どんな顔でオペをしているのか、つい見たくなる。

 見逃してしまいそうなくらいの小さな動きで、ちらりと卯波先生の顔を見たら、眼球が微動だにしないほど集中していて。

 うん、凄くかっこいい。術衣マジックじゃなくてかっこいい。

 確認して納得してからは、卯波先生が操るメスの手もとに目が奪われ、息を凝らして穴が空くほどじっくりと見入った。

「メスやハサミで切ったり、血管や精管が見えるのに気持ち悪くならないのか?」
 オペ用マスクで隠れていない目が、引き気味に見てくる。

 別になんともないんだけれど変かな。

「全然、まったく」
「学校で見学したのか?」
「今が初めてです」
「あっけらかんとしたものだ」
 マスクが上に動いたから苦笑いかな。

 流れるような優雅な手さばきで、さらりとオペを終わらせた。

「凄い、たったの十分」
 早さにびっくり。
「馬鹿にしているのか? こんな簡単なオペで」 
「違います! 感心したんです、すみません」
 食い気味に否定した。

「これからは、言葉に気をつけたほうがいい。言われたほうは、馬鹿にされたと受け取る」

「教えていただき、ありがとうございます。申し訳ございません、以後気をつけます」

 緊張もなくリラックスして、さささと終わらせちゃったから、凄いって本心なのに。

 ガスマスクを外して注射を打ち、チャロをケージに入れる卯波先生から質問が飛んでくる。

「今の注射は、なんのためだ?」
「念のため」
 目標の神経を集中しているかのように眉をひそめ、私を見る卯波先生が目を凝らす。

「ふざけていないよな?」
 首をひねり、訝しそうな顔をするほどだから、よっぽど衝撃的な答えだったに違いない。

「はい、大真面目に答えてます」
「麻酔から覚ますためだ」
 物問いたげな不思議そうな顔で見てくる。

「そうなんですか、ありがとうございます」

「どのくらいで意識が戻るか見当がつくか?」
 オペ用マスクを引きちぎりながら、顔面から外した卯波先生の口調が少し前のめり。

「数分ですか?」
 私の答えに、今度は安堵したような顔で頷く。
「それから、なにをする?」