行き交う人たちの白い息で、街中が真っ白になるんじゃないかというくらいの人並み。

 今までなら体をあずけるようにして、人波に紛れて景色に溶け込んでいた。

 でも今は、雑踏の中に崩れて倒れそう。鉛のように重い両足は、もつれそうに絡まるから。

 ふらふら傷だらけの心身を、気力で奮い立たせて、一歩ずつ押し出すしかない状態。

 周りの風景はぼんやりとした形だけしかわからないほどだから、虚ろな目なのかも。
 顔は院長曰く、青っちろいって。

 みるみるうちに減っていった体重に合わせて、顔も肌もやつれた私が歩くと、すれ違う人たちがいっせいに左右に分かれて、そこに真っ直ぐ私専用の道ができる。

 院長がからかってきたみたいに、私の顔面は通報されるレベルかも。

 ただ、からかわれた顔と似ても似つかない、ひどく気の毒な同情される顔だと思う。

 この光景が数ヶ月もつづけば、またあの人だと思われているよね。

 今にもつまずき転びそうな、危なげな足どりは、不安定でつんのめりそう。

 心ここにあらずの人が、こんなしてふらふら歩いていたら避けるよね。

 異様なものを見る、嫌悪感丸出しの眉をひそめる人たちなんか、どうだっていいんだ。
 どう思われようと、どうだっていい。

 ──卯波先生がいないことに比べたら── 

 しばらく大通りを歩くと、細い道に出てくる。
 私にとって、哀しい想い出になってしまった道。

 一歩足を踏み入れると、雰囲気や生活音や香りを感じただけで、呼吸が重苦しくなって吐き気がする。

 ここは、卯波先生がさりげなく手をつないでくれた、二人の想い出の道だからつらい。

 想い出が残酷だなんて、卯波先生に教えてもらうことになるとは、夢にも思わなかった。

 二人で病院を出てしばらくの道すがらは、ただの獣医と動物看護師ですという態度で、二人の距離を置いて歩いていたの。

 それが、この道に入ったとたん、卯波先生が澄ました顔でさらりと手をつないできて、私を自分の体のほうへと引き寄せた。

 手をつなげて嬉しいかと聞けば、『人通りがないから心配で手をつなぐんだ』って。

 素直に嬉しいって言わないんだから。

 頬や口角を微かに緩ませるから、嬉しさは隠しきれていなかったよ。
 卯波先生、聞いている? 

 真夏の暑い最中(さなか)でも、手を絡ませる私に、嫌な顔ひとつしないで甘えさせてくれた私の家が、私の帰る家がなくなった。

『桃の家は俺の腕の中、いつでも帰って来ていい』
 そう言ったのに。

 夜風は体に毒だって、まだ夏なのにシャツをかけてくれた。
 あれは、初めてキスしたときだったよね。

 今の夜道のほうがね、心も体もずっとずっと寒いんだよ。