それでも私は言い返せないし、明るい院長に困った顔なんかさせてしまった罪悪感に駆られて、また落ち込む。

「そうそう、入院中のアチュ。緒花さんになついてるから、ごはんお願いね」
 坂さんの言葉に、自分でも空元気だと思う返事の声を上げる。

 アチュは、卯波先生が担当していたアメショーの女の子。

 なにを見ても、なにを考えても、私の心はなにもかもを卯波先生に結びつけて思い出してしまう。

「アチュは緒花さんだけが頼りなのよ」
 坂さんの表情に合わせて微笑んでみた。

「いい笑顔、頼りになるわ」
「ありがとうございます」
「なんだよ、笑えるじゃないか」

 私、笑ったんじゃないよ。

 絶望、哀しみ、苦しみ以外の表情の作り方を忘れちゃった。
 だから、坂さんの表情をまねしただけだよ。

「そうやって笑ってろよ、笑ってれば可愛いんだから」
「緒花さんは、真顔でも十分に可愛い顔立ちです」
 笑うって、笑顔ってなんだっけ。

「美貌の坂さんが言うと説得力がある」
「ありがとうございます、イケメン院長」
「よく言われる」
 思わず吹き出した。

 棒読みの坂さんと天真爛漫に喜ぶ院長のやり取りが、おもしろくて夢中で二人を見ていたら卯波先生のことが頭から消えた。

 急に笑ったりふさぎ込んだり、持て余す不安定な気持ちの揺れに毎秒振り回されて、とにかく心が疲れて悲鳴を上げる寸前。

「さ、行こう、アチュが待ってる」
 ぽんぽんと軽く腰をつつかれ、院長のうしろを急いだ。

 卯波先生を忘れられるのは一瞬だけ。また頭の中を卯波先生が占領してしまう。

 首を振って、頭の中からイメージを追い払おうと、大急ぎで頭を振る。

「アチュ、恋敵が来たぞ」
 ケージから指先を入れて、愛しそうにアチュを撫でる院長の横顔は、アチュに釘付け。

「アチュと緒花は卯波を取り合ってたくせに、仲いいんだよな。おもしろいな、お前たち」

 院長の手に突進して、嬉しそうに頭をこすりつけるアチュが可愛くて、院長の隣でアチュをなでる。

「アチュ、喉をごろごろ鳴らして嬉しいね」

「少しずつでも元に戻って嬉しいよ。俺がついてるから、いっしょに乗り越えよう」

 アチュを見つめたままの院長の言葉は、私に向けてなのかアチュになのか。

 卯波先生だったら、私の心を読んでいたよね。それで、こう言うの。

『桃に決まってるだろう』って。
 あああ、まただ。

 どれだけ追い払おうとしても、卯波先生は脳裏を去ってはくれない。

 いつまで私の心の中に住みつづけるの。卯波先生ったら家賃を払ってよ、家賃の滞納どうしてくれるの?

「ぼやっとするな、始めるぞ、仕事だ仕事」

 集中、集中。この子たちには、私しかいないんだ。
 頼れるのは私だけなんだ。