一ヶ月もしないうちに、本当に卯波先生はラゴムを去った。

 卯波先生と別れても、いっしょに仕事をしていたわけで、とにかく院長にも坂さんにも気を遣わせないように、努めて明るく振る舞った。

 毎日、まともに食事が喉を通るはずもなく、朝は起き上がれないほどの心労でへとへと。

 今、振り返れば、よく倒れなかったと思う。

 卯波先生が去ってからの月日は、あっという間に過ぎていき、季節は身が縮こまる凍てつく寒さに変わった。

 今のほうが、卯波先生と別れてからいっしょに仕事をしていたときよりも、ずっとつらいと思い知らされる。

 別れても卯波先生の存在を感じられていた毎日は、私にとってかけがえのない日々だったんだってことを、改めて突きつけられた。

 今はもう、這い上がることができない谷底に突き落とされたような、深い哀しみにもがき、絶望と哀しみの感情以外は感じられなくなった。
 
 卯波先生はラゴムを去ってすぐ、お父様が経営するアニマーリア動物高度医療センターの分院の院長に着任したそう。

 それまでの分院の院長は、動物病院を開業するから退職したって。

 卯波先生のことを教えてくれるのは、うちの院長。

 卯波先生のことを聞きたがる私に、院長は「干からびたな、ぱつんぱつんの太ももだったのに」って、笑いかけてくる。

 今までは院長に応戦していたのに、今は言葉を返すのさえ疲れる。息をするのさえも疲れる。

「お年ごろの女の子なんですよ」
「うちの逞しい坂鬼軍曹は健在だ」
 院長と坂さんのやり取りに、なんとか意識的に頬を緩めてみる。

 ひとごとみたいに自分を冷静に見ている。へえ、まだ私、笑えるんだってね。

 何事もなかったように、接してくれる二人に感謝しなくちゃね。

「干からび原因は、犬猫からの感染症かもしれない。胃腸の検査してやろうか? 血検と検べ」

「院長」
 院長の言葉をすかさず制止する坂さんは、叱るように意識的に低くした声で早口。

「出たら教えろよ」
「院長」
 咳払いをして院長を睨む坂さんの瞳は、涼しげな切れ長の目だから迫力がある。

「冗談だよ、怖いな、坂鬼軍曹」
 端から見ると、そんなに痩せちゃったのかな。

 不思議だね。元気なときは、お腹が空くと力が入らなくて動けなかったのにね。

 今は食欲がなくて食べられなくても、日常生活がふつうに送れている。

 だからか、そこまで痩せちゃった自覚がない。

「羨ましがる女子が多そうだな、ダイエットしなくても痩せるんだもんな」

 苦労していたダイエットが、今はなにもしなくても、ただ生きているだけで体重が落ちていく。

「調子狂うな、前みたいに言い返してこいよ」
 私をからかっていた院長が、少し困った顔で微笑む。