「美砂妃ちゃんの親父さんは、三つの事業部で成立してる、AK事業本部の統括責任者」
 そこも有名じゃないのよ。

 卯波先生は、そんな方々と家族ぐるみのお付き合いをしていらっしゃるの?

「総合商社にとって、医療機器関連ビジネスは、将来性に富んだ成長産業だから、事業展開を図ってるんだよ」

「そういえば四年間で、獣医療分野に一千五百億円を投資するって、新聞に出ていました」

「それだ。守沢はアニマーリア動物高度医療センターに、何百億円か投資してるはず」

「アニマーリア動物高度医療センター?」
「卯波の実家」
「ご実家は動物病院なんですか?」
「や、ちょっと違うなあ、動物大大大病院」

 院長は楽しそうに微笑むけれど、私は笑えずに思わず息を飲み込んだ。

 そんな話は、卯波先生から聞いていないし、院長の言い方で、とても大きな動物病院だということはわかった。

「驚くよな、でも生活は質素だ。倹約そのもので庶民よりも庶民だよ、卯波を見てればわかるだろ?」

「庶民よりも庶民?」
「資産家ってのも聞いてないのか?」
 資産家って、どんな家柄なの。

「どうした、気が抜けた炭酸みたいな顔して。気後れしたか?」

「私とは住む世界が違いすぎます」
「そんなことはない、心を大きく構えろ」

「失礼します」
「落ち着けよ。おい、聞けよ、自信を持てって」

 院長の最後の言葉を背中に受けながら、すぐに卯波先生がいる入院室に向かった。

「院長から、お聞きしました」
「なんのことだ?」

 カルテに目を落としていた卯波先生が、ようやく顔を上げたけれど、私が入院室に走って来る足音が聞こえていたよね?

「院長から、お聞きしました」
「なんのことだ?」
 私が聞きたいこと、わかっているでしょ。

「卯波先生のご実家のこと。それに美砂妃さんのことも院長からお聞きました」

「あの、お喋り」
 文句を短く切って突き放す言い方をした顔は歪んで、今にも舌打ちしそう。

「で、それが?」
 セリフを読むみたい。なんて無愛想な口調なの。
 すぐに、またカルテに目を落として素知らぬ顔。

「どうして、話してくれなかったんですか?」
「近々、話すつもりだった」
「私とは住む世界が違いすぎます」
「そっちか」
 なにかを諦めたような気のない声。

「それがなんだ、尻込みしたのか。らしくない」
「想像しただけで怖いです」

「現実も見ずに想像だけで怯える。それで桃はどうしたいんだ?」

「本当に今、白黒つける必要があるんですか? 追い詰めないでください。私だって、わからない」

 急に聞かされて、話が大きすぎて受け止められないよ。