策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師

 優しい声が、今まで笑おうとがんばっていた心を溶かし、涙がこみ上げてきて止まらない。

「鼻をかめ」
 ティッシュを二、三枚引き抜いて渡してくれる。

「お疲れ様です」
 院長といっしょに坂さんがスタッフステーションに顔を出して、卯波先生に説明する。

「今、オーナーに電話しましたら、とても喜んでいらっしゃいました。院長が説明してくださって、明日の朝イチでお迎えです」

 坂さんが、隣の院長を仰ぎ見ながら微笑む。

「役に立てた。安心して、家に元気に返してあげられる」
「本当によかったですよね」
 院長に向けていた坂さんの視線が、私に移った。

「フキの様子を見に来ましたら、あらあら」

 息が抜けた語尾がワントーン下がり、眉間から眉尻まで八の字に下げた坂さんが、お手上げのような顔で見ている。
 
「この子、なかなか泣き止まなくて」
 少し困った、卯波先生の微笑み交じりの声が聞こえた。

「ほら、俺の腕の中においで」
 持て余す長い腕を、八の字に広げて佇む院長。

「無粋だ、宝城の胸に飛び込むわけがないだろう、耳を疑う」
 卯波先生が間髪入れずに遮った。

「やっぱり卯波は、俺のことが大好きだよな。自分の耳は疑っても、俺の人格は疑わないのな」

 満面の笑みを浮かべて、いつまでも腕を八の字に広げている院長の両手を、卯波先生が冷静に下ろす。

「なんだよ、笑えよ、きれいな顔が台なしだぞ」

 人懐こい院長の笑顔とは逆に、卯波先生は鼻柱ひとつ動かない冷静な顔で、眉間も膨らませて目まで細めて。

「疲れ目か、遠くを見ろ。大学時代の懐かしいころを思い出せ、自然に遠くを見るから」

 卯波先生の肩に手をかけ、遠くを指さしながら話している。

「卯波先生って、懐が深くて本当におおらかですよね。院長がいくら茶化しても冗談を言っても、いつも受け入れますよね」

「坂さん、卯波は俺のことが大好きだから。惚れ込んでいるから」
 院長の瞳が、きらきら輝いて嬉しそう。

「こういうときの宝城のことは、本気で相手にしません。たしなめる余計な労力を使いたくはありません」

「聞き流す感じですか?」
「ええ、そうです。言いたいだけ言わせておけば、宝城はすっきりしますから」

 納得したって感じで、卯波先生と坂さんが息ぴったりに揃って、頷き合うから笑っちゃう。

「なに言ってんだよ、照れ隠し。卯波って本当に素直じゃないよな、昔っから」

 にこにこ笑顔の院長のことは、まるで見えていないみたいに卯波先生は放っておくから、見ていておもしろい。

「なあ、おい。結局、卯波が緒花を泣かせたんだろ?」
「違います、卯波先生は泣かせてくれたんです」

 首をひねる院長と坂さんの頭上には、大きなはてなマーク。
 私には見えるよ見える。

「意味がわからない、緒花はMなのか?」