策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師

 ケージに連れて行く院長のうしろを、点滴を持ちながらついて行く。
 横を通りすぎる隙に、瞳で卯波先生に合図した。

 アイコンタクトって、目で二人だけの秘密の会話をして、どきどきするものだと思っていたんだけど。

 卯波先生は、いったい二人はどうなっているんだみたいに不思議な顔。

 口はなにか言いたげに、唇を私に向けて微かに動かしてくる。
 気にしないでください。にっこり微笑んで通りすぎた。

 フキの処置が終わり、念入りに手を消毒する院長に卯波先生が声をかける。

「抗体と感染耐過免疫ができて、体力と免疫力が回復しているし、白血球も四日間安定している」

「そうだな。緒花、餌も自力で食べてるよな?」
 診察台を徹底的に消毒しながら、元気な声で返事をした。

「消化器系も安定してて、十分に大事をとった。完治と判断できる状態までに回復してる。退院後は投薬治療で通院」

 院長の言葉に、同意の意味を込めて卯波先生が大きく頷いた。

 完治したんだ、パルボの子が。
 根本的な治療法はなし、有効な治療薬もなし。

 生死の決め手は体力次第だから、最終的にはフキの体力にかかっていた。

 フキは見事に壁を乗り越え、生き抜いてみせた。
 小さな体で、必死に生きる力強さを見せてくれた。
 命を諦めない気力を、身を呈して教えてくれた。

「おめでとう、フキ。よかったね、助かったんだよ」
 フキ、あなた凄いよ、よくがんばった。

「みんなの力で助かったんだよ、ありがとう。全員が小さな命をつなぐために最善を尽くす努力をして、必死にがんばった」

 フキは、卯波先生が俺が入れるって言っていた、生存率三割に入ったんだ。

「みんなの助けたい気持ちが、フキを完治させたんだよ」

「フキも生きることに必死にがんばっていた」
 卯波先生は、フキの心に触れていたね。

「坂さんに連絡してもらってオーナーに説明しよう。明日、退院だ」
「やった、おめでとうございます」

「お疲れさん」
 颯爽とした足どりで意気揚々と隔離室を出て行く院長を見送って、卯波先生と二人きりに。

「おかしいな、深呼吸したのに」
 軽く笑うけれど涙がこみ上げてきて、声が詰まっちゃう。

「助かってよかった。フキ、まだ赤ちゃんなのに、生きるために一生懸命に病気と闘った」

 拭いても拭いても、涙が止まらなくなってきちゃった。

 助けるために毎日、無意識に気が張っていたのかな。
 卯波先生の前では安心して、体の力が抜けそう。

「お疲れ、泣きたいときは我慢しなくてもいい」