策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師

「この子に、卯波先生の香りをつけてるんです」
「スクラブに着替えたばかりだ、つかないだろう」

「ひとりぼっちのときは寂しいんです。卯波先生がいないと哀しくてたまらないんです」
 しょんぼりと俯いた。

「これなら寂しくない、顔を上げろ」

 卯波先生がスクラブパンツのポケットからハンカチを取り出し、パサッと広げてぬいぐるみの首もとに巻いてくれた。

 ぬいぐるみを抱き締めると、卯波先生の香りがする。
「もう寂しくないです、たまに香りをもらいます」

 卯波先生の首もとに、ぬいぐるみをすり寄せたら、くすぐったそう。
 でも私のために我慢して、されるがままみたい。

「まるで、飼い主の匂いに安心する犬のようだ」
「卯波先生に一途に一直線ですもん」
「だろうな」
 見上げる私を、余裕のある瞳が伏し目で見つめてくる。

「歓迎ムードは落ち着いたか。本当の犬のような歓迎ぶりだった」
「早く逢いたかったから。一日でも離れたら寂しくなってしまいます」

「笑顔が見たい。桃の目の前には俺がいる、だから笑ってみろ」
「きゃあ、かっこいい」

 卯波先生曰く、ガード下のけたたましい院長の声みたいな声を上げてしまった。

「その声を聞くと、ラゴムに帰って来たって実感する」
 嬉しい。卯波先生といっしょにいられることが、私の幸せ。

「そろそろ仕事に取りかかろう」
「はい、ブービーを休憩室に置いてきます」
「ブービー。ブービー?」

 私の胸もとのブービーを指さすから、満面の笑みを浮かべて「はい」って返事をした。

「ブービーか」
 ふうんみたいに頷いて、ブービーの頭をくしゃっと撫でてくれた。
 ブービーだけずるい。“ここも、ここも”
 私の頭も撫でて。

「ほら」
 えへ、撫でてもらえた。
 心が読まれて嬉しいときもある。

「そうだ、今朝のできごとを説明して」
 入院室に行きかけた体ごと、私の方に向き直り、話し始める。

「遠くにいても感じる」
 卯波先生が、指先をそっとこめかみにあてた。

 自分自身の中にある考えを、読み取ろうとするかのように。

「また真っ赤な自動車が猛スピードで、私の横をすれすれに追い抜いて行きました。でも怪我もなく、たいしたことなかったです」

「昨夜とおなじ状況だな?」
 眉間に深い皺を寄せて、しばらく考え込んでいる。

「運転手はサニーの散歩のときに、ぶつかった人とおなじ人です。見間違いじゃないです」

 私の説明に深く頷くと、スタッフステーションに向かって歩いて行った大きな背中は、なにか考えごとをしているように見えた。