策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師

 仕事が終われば、夜道なんて心配ご無用とばかりに、いつものように帰路に就く。

 にぎやかな大通りから、自動車がすれ違えないような狭い路地に入ると、背後から凄い音がするから、顔は歪み思わず肩が上がる。

 大きな音が響き渡るや否や、真っ赤な自動車が、けたたましいきしみを立てて、アクセルを床まで踏み込まれたようにエンジンの回転速度を上げながら、私の横をすれすれに走り追い抜いていった。

 危ない!

 人って、こういうときって悲鳴も上げられないんだ。
 喉が詰まって声が出ない。でも避けきれてよかった、ぎりぎりだった。

 ずいぶんと鼻息が荒い自動車だから、けたたましい音にも、目にも止まらぬスピードにも驚いた。

「庶民的な街には似つかわしくない自動車だった。道に迷っちゃって慌ててたのかな」

 今の轟音が嘘みたいに、しんと静まり返る住宅街に電話の着信音が響くから、びっくりして上体が息もつかぬ間にぴくりと上がる。

「今なにかあっただろう、大丈夫か?」
 血相を変えて、きりきりしている顔が想像できる。その通りでしょ。

「当たり前だ、危険な目に遭っただろう」
「おっ、私の心を読んでますね」
「怒るぞ、真剣に聞け」
 ふだんの冷静沈着さは、どこへいったやら。

「自動車が猛スピードで、私の横を走って行ったんです」
「怪我は?」
「ぎりぎり避けられたから大丈夫です」
「どこも痛くはないな?」

「それより、真っ赤なかっこいい高級外車だったんですよ。初めて見ました」
「質問に答えろ、痛みはないか?」
「ないです」

「さっきは驚いて声も出なかったくせに、もうケロッとして呑気だな、まったく」

 呆れた声には、少しだけ安心した気持ちが入っているのがわかる。
 大丈夫ったら。

「卯波先生は私の心を読めますが、私に起こったできごとが、映像になっても見えるんですか?」

「桃に迫る危険を感じる」
「離れているときくらい、コントロールをオフにして休んでください」

「離れているときこそ、コントロールをオフにはできない」
「卯波先生の体調が心配なんです」

「俺の体調なんか気にするな、どうでもいい。もし桃になにか起こったら、そのダメージのほうが俺には大きい」

 口を開けば心配だって。

 ハッとわれに返れば、それは卯波先生だけじゃなくて私もだ。

 大好きなんだもん。お互いがお互いを思いやるのは当たり前だよね。