策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師

 七月の暑さにやられちゃう完全室内飼いの猫や、皮膚炎の犬。
 夏特有の疾患で今日も外来は混雑して、あっという間に日が暮れた。

 支度を済ませた卯波先生を見たら、忙しさで忘れていた現実に引き戻されて、寂しくてたまらない。

「しょぼんとするな」
「早く帰って来てくださいね」
「ああ、わかった。帰り道は夜道に気をつけろ」

 夜道か。これで何度目だろう。何度も言い聞かせてくるから、心配してもらえる嬉しさ半分。

 いつもの小言ね、はいはいって返事をしたくなるのが半分。あとはなにが心配なの?

「桃は、どんな顔をしても人を恋に落とさせる、そのしかめっ面でさえも。悪い虫が寄って来そうで心配だ」

 顔がにやけちゃう。なんだ、もう。
 卯波先生ったら、全人類の男性に焼きもち妬いちゃって。

 私の表情、顔中が口いっぱいの笑顔でパッと花が咲いたみたいになったでしょ。
 嬉しくてうれしくて、ハートが飛び跳ねながら喜ぶの。

「桃を笑顔にする作戦勝ちだ、完敗だろう」
 様になる見透かす笑顔が、憎らしいくらいかっこいい。

 まんまと、卯波先生の術中にはまった私は完全敗北、降参です。

「桃。俺には、その笑顔をずっと見せてくれ」

 急に切ない真顔で見つめられたから、どうしていいのかわからなくなって、とにかく両手を広げて室内の(すみ)から(すみ)を指し示した。

「急に無言でどうした?」
 わかっているの、わかっている。

 卯波先生が、お前大丈夫かみたいに心配そうに覗き込んでくるのも。
 頬を引きつらせて、必死に微笑もうとしているのも。

 卯波先生の頭の上にクエスチョンマークが飛び交っているのは、私には見えている。わかっているの。

 卯波先生から切ないよ、たまらないよって憂いのある表情で見つめられたら、どうにかなるでしょ。

 卯波先生の胸に飛び込みたくなったの。衝動的に。
 それは理性で抑えなくちゃと、頭と体が葛藤したら、両手を広げたってわけ。

「私は患畜の世話があります」

 意気揚々と演説をする人みたいに宣言したら、「ああ、そうだ。桃には重要な仕事がある」って。

 まだ引き気味の卯波先生が同調して、私に合わせて頷く。

「もう行ってください、仕事に取りかからなくちゃ」
 卯波先生が行ってしまっても、まだ私には入院患畜の世話がある。

 仕事に集中する私を見て、安心したみたいに卯波先生が出発した。