策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師

「獣医師は多忙なので出会いがないんですよ。それにルナちゃんに先に結婚してもらわないと、僕は安心して結婚できませんよ。ね、ルナちゃん」

 うまく対処して、くぐり抜けたのはわかる。でもね。

「多頭飼育でも、ルナちゃんに家族ができるなら幸せだと思いませんか?」
「先生、それなら有りですね。ルナが幸せになれます」
 今さっき言ったことは本当なの?

「これだけルナがお世話になってるんだから、今度は私が先生のお世話をしなくちゃね。だれかいい人いないかしら」

 オーナーが宙に視線を這わせて、あれこれ考えている。そんなこと、がんばらなくていいってば。

 気を取られているオーナーに、卯波先生が目を流して、私をちらりと見てきた。

 二人だけの秘密の空間に、時が止まったように卯波先生を見つめ返す。

 卯波先生が口だけ動かして、顎で合図をしてきた。
 “ここにいる”って。

 微笑むから、今までの焦りや不安が嘘みたいに飛んでっちゃった。

「僕は奥手ですので、お相手の女性を退屈させてしまいます」
 出た、卯波先生の奥手作戦。

「それなら、積極的な女性がいいわね」
 や、や、や、や、そうじゃなくて。

 (てい)のいい断り文句ですってば。なんとか話題を変えなければ。

「こんなに想ってくれる、飼い主さんに巡り逢えたルナちゃんは幸せですね」
「ルナを幸せにするのは、私にとって当たり前のことよ」

 当たり前ができない方々がいる中、オーナーの笑顔は女神様みたい。
 どの子も、みんなルナみたいに幸せに暮らしていてほしい。

 診察が終わり診察台を消毒してからは、受付にカルテを出して戻って来る卯波先生を、今かいまかと待ち構えた。

「ルナが結婚するまで、俺たちが結婚しないなんてないから安心しろ」
 大きな手が私の頭に、ぽんと軽く触れた。

「凄かったな、真に受けて不安になって。ルナにまで焼きもちを妬くし」
 また、そうして心を読む。安堵で頬が緩みそう。

 仰ぎ見る卯波先生のうしろには時計があって、否が応でも時刻を意識してしまい、急に寂しさが募る。

「どうした?」
「今夜は」
「そう寂しがるな、一泊だ。すぐに帰って来る」
 卯波先生、今日は仕事が終わったら泊まりで学会に行っちゃう。

「徹夜だったから心配です」

「心配いらない。日常茶飯事だ、慣れている。それより、帰りにテレビ電話でフキの様子を見せてくれ」

 自分の体よりも動物の体のことを気にかけて。私は卯波先生の体も心配。

「体のことは心配するな」って、片側の顔を歪めてウインクみたいな目をして、口角を上げる。

「さあ、患畜に集中しろ、仕事だ」
 卯波先生が両手を前で軽く叩く音がスタートの合図みたい。

 ちゃんと頭を切り替えていかなくちゃだね。