茂樹からは、週に一度くらいメールが届いていた。私が素っ気なく応えると、徐々に懇願するような言葉が続く。動揺しないわけはないけれど。今、戻ったら二度と断ち切れない。私も必死で抑えていた。
 このまま孝明と過ごす時間が増えれば、自然と茂樹のことは忘れられる。孝明は優しくて、いつも私を大切にしてくれたから。まだ体を重ねても茂樹から得られるような絶頂感はなかったけれど。でも心が満たされていたから。大丈夫、必ず忘れられる。私は自分に言い聞かせていた。
 茂樹と最後に会ってから1ヶ月が過ぎた火曜日。ゼミを終えて教室から出ると正面から茂樹が歩いて来た。
 「あっ、須永さん。丁度よかった。この間言っていた文献なんだけど。」友達と一緒の私に茂樹が声をかける。
 「ごめん、先に行っていて。」私は一緒に歩いていた数人の友達に言って、茂樹の前に立ち止まる。
 「やっと会えたね。俺もこれで終わりだから。いつもの店で待っていて。」茂樹は小さな声で私に言った。私は堅い表情のまま頷く。一度は話さないといけない。自分から始めたのだから。きちんと別れを告げよう。
 「失礼します。」と頭を下げて、私は小走りに友達を追う。茂樹を見て、私は激しく心が揺れていた。
 「大谷先生、何だったの?」追い付いた友達に聞かれて、
 「卒論の文献、借りようと思って。」咄嗟に嘘が口を突く。茂樹は私を待っていた。それだけで、胸が張り裂けそうな程嬉しかった。

 友達と駅で別れた私は、いつも茂樹と待ち合せる駅まで電車に乗る。行くべきではないという思いと、懐かしさが戦う心。『終わりを告げるだけだから。大丈夫。これできっぱり忘れられる。』と自分に言い聞かせて。
 いつも茂樹を待っていたカフェ。やっぱり会ってはいけないと言う思い。さっき茂樹を見た瞬間に、私の心は揺れてしまったから。会ったらまた続けてしまう。漠然と私は気付いていた。
 孝明との時間を思い、私は気持ちを立て直す。『帰ろう。会ってはいけない。』そう思い立ち上がった時、茂樹が店に入ってきた。
 「待たせてごめんね。さあ、行こう。」茂樹はいつものように飲み物のオーダーもせず私に言う。
 「先生、今日はここで。」私は力無く言う。茂樹の目は、いつもより切なく私を縛る。
 「ここ、落ち着かないから。静かな所で話そう。」茂樹に促されて立ち上がった時、私は抗えない自分を確信した。『多分、また抱かれる』少し俯いて茂樹の後を歩きながら、私の心は妖しくときめいていた。
 
 部屋に入った途端に、茂樹は私を抱きしめて唇を塞ぐ。私は体から力が抜けて茂樹にしがみ付く。長い間馴らされたキスは、熱く私を溶かしてしまう。私の体は甘く開いて茂樹を待っていた。
 「みどり。会いたかったよ。」狭いビジネスホテルだから。二人はそのままベッドに倒れ込む。私の体は強く茂樹を求めていた。慣れた手順で服を剥ぎ取られ、私は恥ずかしいほど潤っていた。
 孝明とは違う愛し方。長い間かけて、私を開いた愛し方。私に女の歓びを教えたのは茂樹だから。触れられただけで、体は応えてしまう。
 何度愛されても孝明からは得られなかった歓び。茂樹は簡単に私に与える。恥ずかしいほど淫らな声を上げて、私はひと月ぶりの絶頂感に包まれた。
 終わりを告げることなどできない。話し合うことなどできない。体は正直に茂樹を求めている。私を先に満たした茂樹は、執拗に歓びを与え続ける。何度も登りつめた私の体は、甘く茂樹を果てさせた。
 「みどりは最高だ。俺はみどりじゃないと駄目だ。」終わった後に茂樹は言う。今まではすぐシャワーに向かっていた茂樹なのに。
 「みどりもわかっただろう。俺達は体の相性が抜群なんだよ。」何度も果てた私は気怠く、横たわったまま言葉もでない。茂樹は囁き続ける。
 「俺と離れるなんてみどりもできないだろう。」私は小さく頷いてしまう。
 「体だけの関係でいいんだよ。俺には家族があるから。みどりに彼がいてもいいんだ。今まで通り、体だけの関係を続けよう。」茂樹の言葉に私は何も言えない。
 「彼にわからないように会えば大丈夫だから。みどりが欲しくなった時にね。」さっきの快感を思い出して、私は頷いてしまう。茂樹は私の頭を軽く撫でて、シャワールームに消えていった。