10月半ば、私は元気な男の子を出産した。孝明の喜びに反して、私は絶望していた。私が産んだ男の子は茂樹の子供だった。生まれた子を一目見て、私は確信した。
 細い顎の輪郭、薄い瞼、眉間に皺を寄せて泣く顔。恐ろしいほど茂樹に似ていた。
 「可愛いな。どっちに似ているのかな。」産まれた子を愛おし気に抱く孝明。私は曖昧に微笑む。絶対に孝明の子供として育てなければいけない。
 「名前どうする?孝ちゃんが決めて。」私が言うと孝明は笑顔で頷く。
 「大きく翔ぶで“ひろと”どう?」
 「ヒロ君か。うん、いいね。」私は笑顔で答える。この子は孝明の子供だ。たとえ血が繋がっていなくても。孝明と二人で育てていくのだから。大丈夫。きっといい子に育つから。私は自分に言いきかせる。
 「ヒロ君、ヒロ君。」大翔を抱いて声をかける孝明を、私は涙汲んで見つめた。
 
 大翔と三人になった生活は温かく幸せだった。孝明は惜しみない愛を大翔に向けてくれる。育児にも協力的で、時間が許す限り大翔の面倒をみる。孝明に懐く大翔。一見、何の問題もない平和な家族だった。
 大翔は成長するほどに茂樹に似ていく。一度も会ったことがないのに、歩き方や仕草は茂樹にそっくりだった。私は血の恐ろしさを感じていた。日に日に可愛くなる大翔を見ることが辛かった。
 大翔の出産後、私は孝明に求められても拒むことが多くなった。大翔を見ると嫌でも茂樹が浮かんでくる。茂樹に未練はないけれど、罪悪感が孝明を拒んでしまう。
 無心に大翔を可愛がる孝明。孝明を慕う大翔。そんな二人の姿が、私に課せられた罰だと思った。心が晴れないまま孝明に抱かれても、余計に辛くなる。拒む私を、孝明が求めることも減っていく。
 
 大翔が2才を過ぎた時、私は二人目の子供を妊娠した。正真正銘の孝明の子供。この子を産むことで、私は自分が変われると信じた。
 孝明は穏やかで優しいパパだったし、大翔は素直に育っていた。体を重ねることは減ったけれど、私達はお互いを労わる仲の良い夫婦だった。
 小さな大翔を抱えての妊娠は大変なこともあったけれど、今度こそ孝明の子供を産めるという思いは私を幸せにした。孝明もそれまで以上に子育てを手伝ってくれる。やっと本当の家族ができる幸せに、私は胸を撫で下ろした。