春先の夜更けの闇は肌を刺すように冷たい。上着を重ねてお気に入りの膝掛けも羽織る。

 準備万端、モモは他の女性達を起こさないように、そっと扉を開け外へ出た。

 夕食前にお花見を堪能した敷地の角へ足を運んだ。あそこからは少々遠目だが、眼下に並木を一望出来る。

 モモは白い息を吐きながら、やがて自分の立っていた場所にのっぽの人影を認めた。

「……先輩?」

「ん? 何だ……眠れないのか?」

「先輩こそ」

 まさか夕食前の暮の一言が気になって眠れなくなった。

 とは言い難いと、凪徒は目線を(くう)へと上げた。

「あたしは夜桜を見に来ただけですよ」

 少女は一つ笑みを零し、青年の隣でフェンスにもたれかかった。

 時間も時間なため既に見物人もなく、露店も布が掛けられて静かだが、街灯に照らされた桜は今も華やかだ。

「片付けの後にでも行ってくれば良かったのに」

 相変わらずそっけない口調で返された凪徒の言葉に、