「クレ様と仰いましたでしょうか? そろそろケーキの焼き上がる時間でございます。どうぞ中庭にてお待ちください」

「いや、そんな時間はないんで! モモがどこへ連れていかれたのか教えてくださいっ!」

「うーん……そう言われましても~」

「おーいっ! 暮!! 何やってんだっ、分かったのか!?」

 背後の塀の向こう、壁の僅かな隙間から凪徒の問いかける声が響いてきた。

「待ってろ、凪徒! ちーと事情が複雑なんだっ」

 暮もそう叫び返して、再び女性に身体を向けた。

「どうしたら教えてもらえるんです? モモはおれ達の仲間だ。取り戻す必要がある」

 すると今まで心の内を見せない微笑を(たた)えていた女性の表情がきゅっと引き締まり、暮の真剣な瞳と同じものをその眼に宿した。

「そのお言葉、長らくお待ち申し上げておりました。ではこちらにおいでくださいませ。ご案内致します」

 ──え?

 背を向けた細い身体が屋敷の方へ歩み出す。

 暮はそこから感じる気迫にも似た力強い気配から、何も言い出すことが出来なかった。

 後ろで待つ皆にも声をかけられぬまま、引き寄せられるように彼女の後ろを追いかけた──。