桔梗は腕時計に目を落とし、遠慮がちに部屋の扉をノックした。

 ややあって内側へ開いたそこには、ネグリジェ姿のモモが驚いた顔で立っていた。

「申し訳ございません、お嬢様。出発の時間が早まりまして、今からお支度をお願い出来ますか?」

 遊園地に向かうとは思えない(あかつき)の時刻だった。

 それとももっと遠い別の場所へと考えが変わったのだろうか?

「構いませんけど……何かあったんですか?」

 問いながらも今日のために買ってもらった衣服に手を掛けて、モモは桔梗を見上げた。

 彼女は少し困ったような笑顔で、「いえ、えーと……ちょっとお寄りになりたいところがございますとか……?」と首を(かし)げてみせたが、

「あの……『明日葉』お嬢様」

「え?」

 しばらく『お嬢様』ばかりで『明日葉お嬢様』とは呼ばれていなかったモモは、少し違和感を覚えて手を止め、桔梗の正面に姿勢を戻した。

 彼女の表情は今までで一番淋しそうに思えた。