「はい」

「そんなことでいいのか」

「そんなことでもないんですけど……」

 半分デートの誘いみたいなものじゃないの、とモモはひっそり頬を赤らめたが、凪徒には皆目見当もついていなかった。

 でも──今一番やりたいことと言ったらそれに限られる。

「ま、いいけど」

「やった」

 ヘの字の横顔に、ガッツボーズのモモ。

 その時吹いた風は柔らかながらひんやりと冷たく、モモは思わず目を(つむ)った。

「もう行くぞ。こんなんで風邪引かれたら俺が困る」

 大きな右手がモモの髪をクシャクシャっと混ぜた──凪徒の癖。

「はーい。先輩、約束忘れないでくださいよ?」

「そんなの数日後だろ。幾らバカでも忘れるか」

 並んで帰る後ろ姿に、まだ厳しさの残る春風が微笑み、そしてほくそ笑んだ。

 それは叶わない約束かもよ? モモ。──と、妖しく意地悪そうに──。



★『事件』は次回から始まります。どうぞお楽しみにしてください*