「……うーん」

 暮は(うな)りながら、あのモモがいなくなった夜の団長室でのやり取りを思い出した。


 『いいんじゃないか、暮? たまには本気にさせてみても?』


 ──あれは凪徒だけに対する言葉だと思っていたが、本当は団員全員に向けられたものだったんじゃないか?

「お前もおれも、出来るだけ自然にモモと接してきたつもりだけど、モモが何となく溶け込めずにいるのは気付いていた……それってモモ自身の問題なんだと思っていたけど、本当はこっち側にも問題があったんじゃないかな?」

「こっち側……?」

 ハンドルを左へ切りながら切なそうに目を向ける暮の表情を探ったが、なかなかその言葉の意味は汲み取れなかった。

「モモに家族がいないことで、団員の──特にサーカス内に家族のいるメンバーは、多分腫れ物に触る気分だったんだよ。家族団らんの姿をモモに見せることに気が(とが)めていた。それをモモも無意識の内に感じ取っていたんじゃないかな。モモってさ、小さい子供にさえ時々敬語を使うんだ……多分、一番の新入りであることも手伝って自分から踏み入ることを怖れていた」

「……」

 凪徒はそれきり返事をしなくなった。

 街を彩るネオンや街灯、車のライトが照らし出す夜の喧騒(けんそう)が、途端音のないしじまと化す。自分の中の騒がしく巡る思考も波立つことをやめ、ただひたすら一石を待ち受ける穏やかな水面(みなも)を湛えていた。



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