彼女には申し訳なかったが、特に話す内容などは考えていなかった。

彼女のことをもっと知りたい、ただそれだけの気持ちで食事に誘ったのだ。

食事の途中、誘った自分自身に後悔もした。

無意識に誘ったにせよ、話す内容の計画をたてておくべきだった。

彼女の食事姿を見ていると育ってきた環境の違いを感じた。

ゆっくりと丁寧に食事をし、時に合わせて話をした。

不思議な感覚だった。

その時、僕の中で何かが蘇った。

必死に思い出そうとした。

その感覚はどこか懐かしいものだった。

彼女の声が耳に入らなくなった。

酔いがまわってしまったのか。

いや、違う。

この不思議な感覚はなんだろう。

そうだ!

僕は彼女に出身の小学校を聞いた。

やはりそうだ。

彼女は小学校二年生の時に転校した僕の初恋の女の子だった。

一瞬時が止まったが、僕には何時間も止まったように感じた。

二十年近く経った今、僕は初恋の人を目の前にしているのだ。

その時は名前も知らなかった。

学習塾ではクラスも違い顔を見ることもなかった。

「大丈夫?」

彼女の声が耳に入ってきたが、頭が真っ白で何も答えれなかった。

トイレに行くと言い、洗面所で顔を洗った。

一つ一つの過程を辿っていけばいくほど複雑で入り組み、僕を余計に混乱させた。

10分ほどして席に戻った。

彼女の何一つ変わらない姿に一瞬困惑した。

数分ほど無言が続き冷静さを取り戻したつもりだったが、「実は僕の初恋の人は君なんだ」と喋ってしまった。

彼女はきょとんとした表情だった。

それもそうだ。

急にそんなことを言われて理解する人の方が珍しい。

「あなた、だいぶ酔ってるんじゃない?」

少し間をおいて彼女は言った。

そうかもしれない、今日はありがとう。

僕はそれ以上何も言えなかった。

帰りに彼女はタクシーを拾い帰って行った。

これからどうしようか。

僕は彷徨っていた。