夢を叶えた日、一番にきみを想う

「……どうして、そんなこと、今更」
「本当に今更、よね。ごめんね……」

母さんは気まずそうに俺を見てから「実はね」と切り出した。

「夏の面談でね、塾長から聞いたの。新しく尚樹の担当になった先生が、尚樹のことをとてもしっかり見てくれているんだ、って。勉強面でも進路面でも、尚樹の意志を尊重しながらとても親身になってサポートしてくれているんだ、って。そして尚樹も、先生のことをとても信頼して慕っている、って。それを聞いて、『ああ、そういうことだったんだ』って思った」

「だって、高校2年になってから、別人みたいだったから」と母親は笑った。

「中学の時から一度も積極的に勉強していなかったのに、高校2年になってから、毎晩遅くまで勉強するようになったでしょう。何か良い影響を与えてくれる人と出会えたのかな、と思っていたの。だから塾長からその話を聞いて納得したの。同時に、その先生の存在が、とてもありがたかった」

母さんがそんなにも前から沙帆ちゃんの存在に気づいていたとは予想外だった。それに俺が遅くまで起きていることを知っていることにも驚いた。

「先生と出会って、尚樹、変わったでしょう。とても良いように。それにね、自分では気づいていないかもしれないけれど」

母さんは微笑んだ。

「あんた、先生を見る時、とても良い笑顔を見せるの。すごく優しい笑顔。先生と一緒にいることが幸せなんだな、と思った。息子が幸せになれるのなら、相手が誰でも、反対する理由は無い。だから頑張りなさい、応援はするから」
「母さん……」

そんなことを母さんが思っていたとは知らず、なんと言えば良いかわからない。
黙った俺に、母さんは「尚樹」と呼びかけた。
その声は少しだけ震えていて、俺はわずかに目を見開く。

「甘えたかった時期に甘えさせてあげられなくてごめんね。本当は話したいことも、聞いて欲しいことも、甘えたいことも、たくさんあったでしょう。それなのにいつもいつも、母さんが尚樹に甘えっぱなしだったよね。ごめんね」

母さんの目には涙が浮かんでいた。


「……別に。わかっていたから。母さんも大変なんだろうなって」


幼い頃から抱えていた母親への不満は、家族への不満は、ずっとこのまま一人で抱え込んでいくのだと思っていた。

けれど、気づいてくれていた。母は、気づいてくれていた。

「……別に、母さんのせいじゃないけど」

今になって気づく。
自分はずっと怒っていたと思っていた。
けれど本当は、子どもの時から抱えていた気持ちは。

「きっと俺、寂しかった、ずっと」

言葉にした瞬間、母さんの頬には一筋の涙が伝った。

「……うん。ごめんね、尚樹」
いつから、母さんと真っ直ぐ向き合っていなかったんだろう。
抱きしめてくれた母さんは、母さんも立っているはずなのに俺よりもずっと背が低かった。