物心がついた時には、両親は自分にあまり興味がないということに気づいていた。
いや、「興味を持つ余裕が無かった」が適切かもしれない。
次男として生まれた俺の下には、双子の弟が1人、その下に弟と妹が1人ずついて、うちはいわゆる”大家族”だった。
弟とは2歳差、妹とは4歳差、そしてなにより、自分は双子だった。
5人の子どもたちの世話をする母さんはとても大変そうで、いつも困った顔をしていた気がする。もちろん笑顔を見せている時もあったんだろうけど、記憶の中の母さんはいつも眉毛を八の字にしていた。
だからか、幼いなりに「母さんを困らせてはいけない」と思っていたし、「仕事が忙しい」と言って早朝に家を出て深夜に帰宅する親父を、少しだけ恨んだ。
――きっとこの5人の子どもたちを育てていくために、父さんも必死だったのだろうけれど。
「尚樹は手がかからなくて助かるわ」
このセリフを言うときは、必ず母さんは笑顔だった。
嬉しかった。いつも困った顔をしている母さんが、自分には笑顔を見せてくれることが。
だから、頑張った。自分のことは自分でやったし、なんなら幼いなりに、弟や妹の世話もした。
けれど、いつからだろう。母さんは、このセリフを言ってくれなくなった。
その代わり、俺の行動に口を出すことはほとんどなかった。
小学5年の時、同級生と大ゲンカをして学校へ呼び出されたときも、叱らなかった。
中学2年の時、仲の良かった友達たちと毎日のように深夜まで遊び回っていた時も、何も言わなかった。
中学3年のある日、深夜に河川敷で花火をしていたところ、補導された。
警察から連絡を受けた友人たちの母親はすぐに迎えにきた。警察が宥めるぐらい友人たちを叱り、そして警察に頭を下げていた。
俺の母さんが来たのは、一番遅くにやってきた友人の母親が帰ってから1時間以上もたってからのことだった。
母さんは謝っていた。来るのが遅くなってしまったこと。子どもが迷惑をかけてしまったこと。
警察から「今後はこのようなことがないようにしてください」と言われ、さらに深く頭を下げていた。
警察署を出た時、母さんは、俺と、一緒にいた祐樹に過ちを咎めることなく、家の方へ歩き出した。
友人たちがすごい剣幕で叱られているのを見ていたから少しだけ拍子抜けしつつ、「あのさ」と声をかけた。半歩前を歩いていた母さんは振り向くと、「何?」と首を傾げた。
「……悪かった、忙しいのに」
母さんはここ1ヶ月ほど仕事が忙しいらしく、深夜に帰宅することが多かった。今日だって、いつも仕事に持って行っているカバンを右手に持っているから、仕事場から駆けつけてくれたんだろう。
さすがに悪いことしちゃったな、と思っていた時、母さんは静かにため息をついた後、言った。
「どうでもいいけど、困らせないでよ」
「……どうでも、いい?」
既に歩き始めた母さんの背中に、ぽつりと呟く。
どうでもいい、って、何が? 俺のことが?
隣にいた祐樹を見ると、祐樹も驚いた表情をしていた。
怒られなかったことに驚いたのか、それとも今放たれた言葉に驚いたのか、わからなかったけれど、きっと自分と同じ後者だろうと思った。
そっか、どうでもいいから、今まで俺が何をしても、何も言ってこなかったんだ。
よく考えなくてもわかるはずのことが、なぜだか今までわからなかった。気づかなかった。
でも、その日から、その時から、母さんのことを”母親”と思わなくなったのは、事実だった。
いや、「興味を持つ余裕が無かった」が適切かもしれない。
次男として生まれた俺の下には、双子の弟が1人、その下に弟と妹が1人ずついて、うちはいわゆる”大家族”だった。
弟とは2歳差、妹とは4歳差、そしてなにより、自分は双子だった。
5人の子どもたちの世話をする母さんはとても大変そうで、いつも困った顔をしていた気がする。もちろん笑顔を見せている時もあったんだろうけど、記憶の中の母さんはいつも眉毛を八の字にしていた。
だからか、幼いなりに「母さんを困らせてはいけない」と思っていたし、「仕事が忙しい」と言って早朝に家を出て深夜に帰宅する親父を、少しだけ恨んだ。
――きっとこの5人の子どもたちを育てていくために、父さんも必死だったのだろうけれど。
「尚樹は手がかからなくて助かるわ」
このセリフを言うときは、必ず母さんは笑顔だった。
嬉しかった。いつも困った顔をしている母さんが、自分には笑顔を見せてくれることが。
だから、頑張った。自分のことは自分でやったし、なんなら幼いなりに、弟や妹の世話もした。
けれど、いつからだろう。母さんは、このセリフを言ってくれなくなった。
その代わり、俺の行動に口を出すことはほとんどなかった。
小学5年の時、同級生と大ゲンカをして学校へ呼び出されたときも、叱らなかった。
中学2年の時、仲の良かった友達たちと毎日のように深夜まで遊び回っていた時も、何も言わなかった。
中学3年のある日、深夜に河川敷で花火をしていたところ、補導された。
警察から連絡を受けた友人たちの母親はすぐに迎えにきた。警察が宥めるぐらい友人たちを叱り、そして警察に頭を下げていた。
俺の母さんが来たのは、一番遅くにやってきた友人の母親が帰ってから1時間以上もたってからのことだった。
母さんは謝っていた。来るのが遅くなってしまったこと。子どもが迷惑をかけてしまったこと。
警察から「今後はこのようなことがないようにしてください」と言われ、さらに深く頭を下げていた。
警察署を出た時、母さんは、俺と、一緒にいた祐樹に過ちを咎めることなく、家の方へ歩き出した。
友人たちがすごい剣幕で叱られているのを見ていたから少しだけ拍子抜けしつつ、「あのさ」と声をかけた。半歩前を歩いていた母さんは振り向くと、「何?」と首を傾げた。
「……悪かった、忙しいのに」
母さんはここ1ヶ月ほど仕事が忙しいらしく、深夜に帰宅することが多かった。今日だって、いつも仕事に持って行っているカバンを右手に持っているから、仕事場から駆けつけてくれたんだろう。
さすがに悪いことしちゃったな、と思っていた時、母さんは静かにため息をついた後、言った。
「どうでもいいけど、困らせないでよ」
「……どうでも、いい?」
既に歩き始めた母さんの背中に、ぽつりと呟く。
どうでもいい、って、何が? 俺のことが?
隣にいた祐樹を見ると、祐樹も驚いた表情をしていた。
怒られなかったことに驚いたのか、それとも今放たれた言葉に驚いたのか、わからなかったけれど、きっと自分と同じ後者だろうと思った。
そっか、どうでもいいから、今まで俺が何をしても、何も言ってこなかったんだ。
よく考えなくてもわかるはずのことが、なぜだか今までわからなかった。気づかなかった。
でも、その日から、その時から、母さんのことを”母親”と思わなくなったのは、事実だった。



