正月が終わってから、街中は甘ったるい雰囲気に包まれていた。それは視覚的にもそうだったし、嗅覚的にもそうだった。至る所でピンクや赤色の包装紙でラッピングされたチョコレートを見るたび、なんだか自分が世の中の雰囲気から浮いているような、なんだか落ち着かない気分になる。
やっとこの雰囲気も明日で終わる。
安堵より疲労を感じながら家に帰ると、リビングの机の上には、市販のチョコレートがたくさん置かれていた。
「……家でもかよ」
そういえば去年もだった、か。
会社の人に渡す、という母親の言葉に、「社会人にもなって、めんどくせーな」と返したことを思い出した。
「あ、尚樹、おかえり」
ぼんやりとチョコレートを眺めていると、母さんがキッチンから顔を出した。
「祐樹は? 一緒じゃ無いの?」
「補講」
「あらま、あの子はもう」
ため息をつく母さんに、「これ、全部渡すの?」と尋ねる。
「そうよー。今年は配る数が増えた分、安いので済ませちゃった」
「ふうん」
それでもこれだけの数を渡すとなると、それなりにお金もかかっているはずだ。
「それよりあんた、今年、誰からももらえないんじゃないの?」
彼女と別れたんでしょ、と付け加えられる。
付き合ったことすら言っていないのに、どうして別れたことまで知っているんだか。
母親の情報通に少し嫌気を覚えながらも「別にいらねーよ」と返す。
強がりでもなく、本心を言う。
そもそも9割以上が男子の学校だ。去年だって女子は、女子同士で交換していただけだったし、別に期待していない。チョコぐらい、食べたければ自分で買うし。
「はい、これ」
「え? 今?」
急に渡されて、思わず顰めっ面をする。確かに毎年母さんからはもらっていたけれど、いつもバレンタイン当日の朝に渡されていた。
珍しいな、と思いつつ受け取ろうとすると、
「バカ、違うわよ」
母さんは呆れたように「先生に渡しなさい」と付け加えた。
「は? 先生?」
「いつもお世話になっているんだから、チョコを渡すぐらい気をきかせなさいよ」
どうせ何も考えていなかったんでしょ、と図星を指されるが、当たり前だ。
そもそも先生って誰だ?担任か?担任、父親と同じ年齢ぐらいの男だけど。
それにバレンタインだ。どちらかというと、俺、もらう側じゃないのか?
思いっきり眉をひそめている俺に、母さんはもう一度「はい」とチョコレートを押し付けてきた。
「いらねーって」
「いらない、って、あのねえ」
母さんは天を仰いだ。
「あんた、好きなんでしょう? 先生のこと。あんたは年下で生徒、そして相手は可愛くて高学歴。どうみたってあんたの恋が実る可能性は本当に少ししかないんだから、出来ることは全部しなさいよ」
「ああ、なんだ、沙帆ちゃんのことか……」
てっきり高校の先生のことを想像していたけれど、母さんが言っていたのは沙帆ちゃんのことだったようだ。
「……うるせーよ」
親に恋愛を応援されるなんて、なんだか嫌だ。というか、放っておいて欲しい。
それに。
「そもそも母親が応援していいのかよ。……こんな恋」
”こんな恋”。
自分で言っておきながら虚しくなる。
でも、教育が行われる場所で、そして「先生」と「生徒」と言う立場で、恋心を持つことは、世間から見ると「応援されるもの」ではないということは、俺自身わかっているつもりだった。
「あんた、本当に馬鹿ね」
母は笑う。
「応援していなかったら、あんたの気持ちに気づいているのに、塾に通わせ続けたり、年末に家まで送らせたりしないわよ。好きなら頑張りなさい」
とりあえずチョコぐらい渡しなさい、という母さんに、もう一度「いらねえ」と言おうとしつつも、いい止まる。
ーーそれは、年末に、沙帆ちゃんを送った時、母さんのアドバイスに従って、温かい飲み物ーカフェラテーを買った時に、沙帆ちゃんから「帰り道に暖かい飲み物をわざわざ買うなんて気遣い、普通の高校生は出来ないよ」と褒められたことを思い出したからだった。
たとえ自分の思いつきではないとしても、好きな人に”嬉しい”と思って欲しい。良いところを見せたい。
「……これ、いくらだった?」
「値段?」
「うん、もらう代わりに払うわ」
今から買いに行ってもいいか、と思いつつも、女子目線ー果たして母さんを”女子”と呼んで良いのかは疑問だけれどーで選んだ物の方が、ハズレが無い気がする。
財布を出した俺に、母さんは「いいよ」と断った。
「いや、払う」
「いいって。沙帆ちゃん、だっけ? あの先生には、私も感謝しているのよ」
母さんは俺をじっと見つめた。
「尚樹、中高とあんたが投げやりになっていたのは、私のせいでしょう」
「……え?」
「あんたが投げやりになったのは、私が昔、甘やかせてあげられなかったからだよね」
母さんは、少し寂しそうに微笑むと、「ごめんね、今まで」と告げた。
「幼い頃から、ずっと尚樹の優しさに甘えっぱなしで、一番甘えたい時期に甘えさせてあげられなかったよね。ごめんね……」
やっとこの雰囲気も明日で終わる。
安堵より疲労を感じながら家に帰ると、リビングの机の上には、市販のチョコレートがたくさん置かれていた。
「……家でもかよ」
そういえば去年もだった、か。
会社の人に渡す、という母親の言葉に、「社会人にもなって、めんどくせーな」と返したことを思い出した。
「あ、尚樹、おかえり」
ぼんやりとチョコレートを眺めていると、母さんがキッチンから顔を出した。
「祐樹は? 一緒じゃ無いの?」
「補講」
「あらま、あの子はもう」
ため息をつく母さんに、「これ、全部渡すの?」と尋ねる。
「そうよー。今年は配る数が増えた分、安いので済ませちゃった」
「ふうん」
それでもこれだけの数を渡すとなると、それなりにお金もかかっているはずだ。
「それよりあんた、今年、誰からももらえないんじゃないの?」
彼女と別れたんでしょ、と付け加えられる。
付き合ったことすら言っていないのに、どうして別れたことまで知っているんだか。
母親の情報通に少し嫌気を覚えながらも「別にいらねーよ」と返す。
強がりでもなく、本心を言う。
そもそも9割以上が男子の学校だ。去年だって女子は、女子同士で交換していただけだったし、別に期待していない。チョコぐらい、食べたければ自分で買うし。
「はい、これ」
「え? 今?」
急に渡されて、思わず顰めっ面をする。確かに毎年母さんからはもらっていたけれど、いつもバレンタイン当日の朝に渡されていた。
珍しいな、と思いつつ受け取ろうとすると、
「バカ、違うわよ」
母さんは呆れたように「先生に渡しなさい」と付け加えた。
「は? 先生?」
「いつもお世話になっているんだから、チョコを渡すぐらい気をきかせなさいよ」
どうせ何も考えていなかったんでしょ、と図星を指されるが、当たり前だ。
そもそも先生って誰だ?担任か?担任、父親と同じ年齢ぐらいの男だけど。
それにバレンタインだ。どちらかというと、俺、もらう側じゃないのか?
思いっきり眉をひそめている俺に、母さんはもう一度「はい」とチョコレートを押し付けてきた。
「いらねーって」
「いらない、って、あのねえ」
母さんは天を仰いだ。
「あんた、好きなんでしょう? 先生のこと。あんたは年下で生徒、そして相手は可愛くて高学歴。どうみたってあんたの恋が実る可能性は本当に少ししかないんだから、出来ることは全部しなさいよ」
「ああ、なんだ、沙帆ちゃんのことか……」
てっきり高校の先生のことを想像していたけれど、母さんが言っていたのは沙帆ちゃんのことだったようだ。
「……うるせーよ」
親に恋愛を応援されるなんて、なんだか嫌だ。というか、放っておいて欲しい。
それに。
「そもそも母親が応援していいのかよ。……こんな恋」
”こんな恋”。
自分で言っておきながら虚しくなる。
でも、教育が行われる場所で、そして「先生」と「生徒」と言う立場で、恋心を持つことは、世間から見ると「応援されるもの」ではないということは、俺自身わかっているつもりだった。
「あんた、本当に馬鹿ね」
母は笑う。
「応援していなかったら、あんたの気持ちに気づいているのに、塾に通わせ続けたり、年末に家まで送らせたりしないわよ。好きなら頑張りなさい」
とりあえずチョコぐらい渡しなさい、という母さんに、もう一度「いらねえ」と言おうとしつつも、いい止まる。
ーーそれは、年末に、沙帆ちゃんを送った時、母さんのアドバイスに従って、温かい飲み物ーカフェラテーを買った時に、沙帆ちゃんから「帰り道に暖かい飲み物をわざわざ買うなんて気遣い、普通の高校生は出来ないよ」と褒められたことを思い出したからだった。
たとえ自分の思いつきではないとしても、好きな人に”嬉しい”と思って欲しい。良いところを見せたい。
「……これ、いくらだった?」
「値段?」
「うん、もらう代わりに払うわ」
今から買いに行ってもいいか、と思いつつも、女子目線ー果たして母さんを”女子”と呼んで良いのかは疑問だけれどーで選んだ物の方が、ハズレが無い気がする。
財布を出した俺に、母さんは「いいよ」と断った。
「いや、払う」
「いいって。沙帆ちゃん、だっけ? あの先生には、私も感謝しているのよ」
母さんは俺をじっと見つめた。
「尚樹、中高とあんたが投げやりになっていたのは、私のせいでしょう」
「……え?」
「あんたが投げやりになったのは、私が昔、甘やかせてあげられなかったからだよね」
母さんは、少し寂しそうに微笑むと、「ごめんね、今まで」と告げた。
「幼い頃から、ずっと尚樹の優しさに甘えっぱなしで、一番甘えたい時期に甘えさせてあげられなかったよね。ごめんね……」



