「兄貴ぃ、ちゃんと名前覚えてるんだから呼んであげなよ」

「うるせえな、俺の勝手だ」

「味方が減ると困るのは兄貴だからな」



言い合いつつ、帝王の目を俺にまっすぐ向けられている。


昔からそうだ、この人は理叶と俺を差別化している。


俺は実莉には程遠いけど、荒瀬志勇の中でいわゆるお気に入りの部類らしい。


俺の目を見て話すのがその証拠だ。



「若は……壱華さんのことが好きなら、理叶の気持ちも分かりますよね」



だから一縷の望みをかけて俺から質問した。


すると一瞬動きを止めたあと、短くため息をついた。



「本当に好きなら意地でも取り返すさ。その気がないってのはそういうことだ」

「……」

「心底惚れて一生を共にしたいと思う相手なら、どんな立場であろうとも諦めねえよ」



じゃあ、理叶は自分の意志で実莉を手放したって言いたいのか。


あんな苦しそうな顔をして、それが全部理叶が望んだことだって?


でも、言われてみれば確かにそうだ。理叶は実莉に告白しなかった。


実莉に一番近い存在だったのに、関係の発展を望まなかった。



「他人の気持ちを考えてると病むぞ。程よく適当に生きろ、極道として生きるならなおさらな」

「……はい」



もっともな意見だった。こんなヤワな男じゃ今後理叶を支えていけないだろう。


でも、俺に喝を入れるくらいなら理叶を救ってやって欲しい。


あんたの言葉ひとつで救われる人間もいるんだ。



「辛気臭え顔するならさっさとそれ持って出ていけ」

「だから兄貴ぃ……まったくごめんね、光冴」



その後は追い出されたから言えなかったけど、俺が言いたいことは伝わったと思う。


でもやっぱり俺じゃだめだ。早く帰って来てくれ実莉。


心の底から願った2日後、極山会の若頭・山城がフィリピンで身柄を拘束されたと知らされた。