最後のいとなみを終えて、私たちは別荘の外に出た。
雨は静かに降り続いていた。
夜は白み始めていたけど、那須の森は、このまま優しい闇に覆われていくのだろう。
私たちは別荘の裏手の、大きなブナの木の根元で、私たちを眠りに導く薬を飲んだ。
意識を失うほどの大量の睡眠薬。それを強いアルコールで流し込んで、深い眠りに落ちる。
そのままこの場所で雨に打たれ続ければ、徐々に体温を奪われて、やがて私たちの命の火も、消えるだろう。
薬を飲み尽くした後、悠介さんはウォッカの瓶に直接口をつけて飲み、私にも口移しで飲ませてくれた。
そして私たちは抱き合ったまま、ブナの木の根元に身体を横たえた。
しばらくは身体が生に執着するように、激しい頭痛と吐き気が襲ってきたけど、やがてそれも遠ざかっていった。
身体の端々から、感覚が遠のいていく。
腕も脚も、重くてもう動かせない。
自分の命は惜しくない。
でも、肌を触れ合わせる悠介さんの逞しい身体から、命の火が少しづつ消えていくのが、身を切られるほど悲しかった。
悠介さんの息が、か細くなっていく。
私を愛してくれた分厚い手が、ぬくもりを失っていく。
許して、悠介さん。
私もいきますから、どうか許してください。
雨が静かに降り続いて、私たちの身体を濡し続ける。
いつしか冷たさも感じなくなっていた。
初夏の雨を、青時雨と呼ぶのだという。時に若葉青葉の季節、木々の青葉から滴るしずくを指して。時にその季節の、通り雨を指して。
私たちに降り注ぐ雨は、聖母が私たちを哀れんでもたらした、浄化の雨だったのだろう。
優しい青時雨に打たれて、私たちは穢を祓い、静かに森に還っていく。
二つの魂は溶け合い結びついて、二度と離れることはない。
遠ざかる意識の片隅で、悠介さんが私を呼ぶ声を、微かに聞いていた。



