未明に雨が降り始めた。
 もしかしたらそれは、私たちの願いを聞き入れた、聖母マリアの慈雨だったのかも知れない。

「雨ですね」

 素肌に白いシーツを巻き付けただけの姿で、私はぽつりと呟いた。 

「もうしばらく待ちましょうか、純さん」

 問いかける悠介さんの胸板に軽く額をつけて、私は小さく(かぶり)を振った。
 彼の分厚い手のひらが、いたわるように私の肩を撫でる。  
 私は彼の腕に抱かれたまま、囁いた。

「──ごめんなさい、悠介さん」

「なにを謝るのですか?」

「私の命が、あなたに釣り合うとは思えなくて」

 今更だけど、社会的成功者の彼を、私個人の破滅に付き合わせてしまったような思いが拭えない。

 悠介さんは静かに微笑むと、私に口付けして、言った。

「富も肩書きも、この先には持っていけません。そんなものより、僕はあなたと共にいたいと願ったのです、純さん」

「……」

「純さん、憶えていらっしゃいますか」

 悠介さんは言った。

「初めてあなたと会った日、シュノーケリングの後に、僕はあなたが眠っている間に錨をあげて、伊東に帰ろうとしましたよね」

 小さく頷く私に、彼は優しい声で言った。

「恐かったんです、あなたを本気で愛してしまうことが。僕が誰かとの愛を貫こうとすれば、破滅しかないことはわかっていたから」

「……」

「でも、僕らは再会した。僕はあのとき、自分の運命を見た気がしました。そして、これがなにかの導きならば、もう自分の気持ちに逆らわずに進もうと、そう誓ったのです」

 悠介さんはまた、私を抱きしめた。

「あなたは僕の運命の人です、純さん。その思いに、揺るぎはありません」

 また、涙が溢れた。
 私は悠介さんの広い背中に腕を廻して、囁いた。 

「愛してください、悠介さん──」

 その言葉に応えるように、悠介さんは深々と、私の身体を掻き抱いた。