青時雨


 パイプオルガンの演奏が終わるまで、私たちは石造りのチャペルで、ステンドグラスの色彩の光を浴びながら木製の長椅子に腰掛けていた。
 誰にも気付かれないように、お互いの手を繋いで──。

 演奏が終わり、私たちは席を立って館内のステンドグラスを見て廻った。
 
 すると別の部屋から、軽やかで暖かな音色が流れて来た。大型のオルゴールの音色だ。

 部屋の中に入ると、洋服箪笥ほどもある大きなオルゴールが、優しい音色を奏でていた。
 パイプオルガンの演奏が終わったばかりのためか、その部屋に入館者の姿はなくて、大きなオルゴールは私たちのためだけに曲を奏でていた。
 
 そのオルゴールは、大きな金属の円盤に穴を穿って、その穴に機械が触れて音を出すディスクタイプのオルゴールだった。私は金属の円盤がゆっくり回りながら、美しい調べを奏でる様子を、じっと見詰めていた。

 曲は──、

「『アヴェ・マリア』ですね」

 悠介さんが言った。

「この歌の意味は、ご存知ですか?」

「すみません。美しい音色にばかり気を取られて、歌詞の意味まで考えたことがなくて」

「聖母マリアへの祈りの言葉に、曲を付けたものです。これはシューベルトの作曲ですが、カッチーニの『アヴェ・マリア』も美しいですよ」

 悠介さんは部屋の奥に祀られた、聖母マリアの像を見上げるようにして言った。
 
 彼の言葉を聞いて、私は呟いた。

「この曲を口ずさめば、聖母さまのお慈悲を受けられるのでしょうか」

「純さんは心の綺麗な方ですから、きっと聖母さまのお導きがあるでしょう。僕は既に穢れ過ぎていて、行き先は決まっているでしょうけど」

「そんなふうに仰らないで、悠介さん」

 私は微笑んだ。

「さっき誓ったばかりではありませんか、如何なる時も共に在る、と」
 
「──そうですね、ごめんなさい」

 悠介さんも微笑むと、静かに私を抱き寄せた。

「愛しています、純さん」

 私たちは聖母像が見守る下で、口付けを交わした。

 そして、ステンドグラスの光が溢れる美術館を後にして、私と悠介さんは、彼の別荘に向かった。