休職しても、私は自分のマンションに籠もったまま外に出なかった。
 なにか心の芯が抜け落ちてしまったようで、何もする気が湧かなかった。

 悠介さんからの着信が何度かあったけど、スマホが着信を知らせて震えるのを、私はぼんやり眺めていただけだった。
 留守電メッセージは、内容を聞かずにそのままにしておいた。

 なのに彼からの連絡を、着信拒否にする勇気が出ない。ただ一つ、画面をタップするだけなのに。

 朝から冷たい雨が降り続いたある日、私はレインコートを着て外に出た。
 地下鉄を乗り継いで、銀座線の外苑前駅で降りて階段を上がった。
 このまま青山通りを渋谷に向けて歩いて行けば、悠介さんのオフィスビルがある。

 私は、何をしているのだろう。
 彼に会う勇気もないのに、身体が引き寄せられるように、ここまで来てしまった。

 外は雨が降り続いていた。
 雨に濡れたアスファルトの湿った匂いを嗅ぎながら、私は考えていた。

 私は悠介さんに、遊ばれていただけなのだろうか。
 彼の口から出る言葉は全てまやかしで、私は彼の魔法に騙された、愚かなプリンセスにすぎないのだろうか。

 そうだとしたら──。

 この想いを、どうしたらいいのだろう。 
 ぬくもりを求めるこの身体を、どうしたらいいのだろう。
 悲しみと辱めにあえぐこの心を、どうしたらいいのだろう。

 答えは、どこにあるのだろう──。

 傘を叩く雨音は次第に強くなって、コンクリートが敷かれた歩道は暗いねずみ色に濡れていた。

 私は嗚咽を洩らしながら、冷たい青山通りを歩いていった。