私と悠介さんの関係は、人には言えない。
 
 許されぬ恋だということは、頭では理解していた。
 私の理性は、何度も私を(たしな)めた。相手は既婚者だ、遊ばれているだけだと。

 でも私の身体は、そんな分別を拒んだ。

 悠介さんの、分厚い手。
 汗を浮かべて闇に輝く、厚い胸板。
 浅黒く日焼けした、精悍な顔。
 身体に刻み付けられた彼の記憶が、私から「常識」とか「分別」とかいう言葉を遠ざけた。

 彼に出会う前、私を捨てたかつての恋人は、プライドが高かった。
 一流大学を出て大手商社に就職して、背が高くて整った顔をしていた。
 
 でも、それだけだった。

 知人の紹介で付き合い始めて、私も最初は彼のキラキラした外面に惹かれた。
 でも身体を交わした頃から、私は徐々に彼の内面を識ることになった。
 臆病で、エゴイストで、見栄っ張り。
 自分を否定されると、人が変わったように怒鳴り散らし、私に手を上げた。

 悠介さんも闇を抱えている。でも悠介さんは自分を取り戻すと、子供のように素直に謝罪してくれる。
 かつての恋人からは、最後まで謝罪の言葉を聞けなかった。

 自分の浮気すら、彼は私のせいにした。

「純。お前は顔は綺麗だけど、女らしさが足りないよ。俺が疲れて帰って来ても、お前は癒やしてくれなかった。俺が美玖(みく)に安らぎを求めても、仕方ないだろう」

 彼の腕に守られながら、美玖という名の彼の後輩のOLは、か弱い女の仮面の下で、私を勝ち誇った目で見下していた。

 私は、彼のために料理を覚えた。
 私は、彼の部屋の掃除をして、少しでも彼を癒そうと、カーテンの柄を季節ごとに変えて、緑の葉が鮮やかな観葉植物のポットを吊るした。
 彼が会いたいと言えば、仕事を後回しにして、彼との時間を優先した。
 彼に求められれば、欲しいだけ身体を与えて、性愛の技で奉仕した。

 何も、届いていなかった。
 彼は、私を消費しただけだった。
 私の努力も、時間も、想いも──。

 何一つ彼には届かず、彼は私を捨てた。

 人に羨ましがられ、理想的なカップルともてはやされた私の恋の結末は、そんな喜劇紛いの幕切れだった。