「乾杯しましょう、二人の再会に」
悠介さんはそう言って、ソムリエにサーヴさせたワイングラスを差し出した。
とてもそんな気分にはなれなかったけど、私も仕方なく、淡い黄金色に輝くワイングラスを差し出した。
触れ合ったワイングラスの縁と縁が、澄んだ音を奏でた。
素敵なインタビューのお礼にと、悠介さんが私を呼び出したのは、大手町に建つ、外資のホテルグループが運営する高級シティホテルだった。
ロビー横のカフェラウンジで待ち合わせた悠介さんは、昼間のカジュアルスタイルから変わって、落ち着いたオーダースーツに身を包んでいた。
彼は私を、上層のスカイダイニングに誘った。
雨に煙る地上の喧騒をよそに、地上200メートルに浮かぶスカイダイニングには蝋燭の炎が優しく揺れて、スタンダードなジャズナンバーをBGMに、テーブルからは食事や夜景を楽しむ客たちの談笑が流れてくる。
「昼間お会いしたときも、素敵でしたけど」
彼が言った。
「こうして日が暮れてからお会いすると、いっそう素敵に感じます。純さんは、美しい人ですね」
私は食事の手を止めて、彼の顔を見た。
包み込むような、優しい笑顔。
この笑顔の裏で、この人は一体何を考えているのだろう。
行ってはいけないと、理性は何度も警告した。
なのに私は、彼の誘いを断われなかった。
身体に刻み込まれた快楽の記憶が、私を急き立てた。
もう一度彼に抱かれろ、と。
理性は私に、彼の個人情報を指し示して馬鹿な真似はやめろと言った。インタビュー前に目を通したファイルに書いてあった。
悠介さんには、奥さんがいる。
既婚者の誘惑に、私は一体何をしているのだろう──。
「悠介さんは、悪い人ですね」
私の精一杯の抵抗に、彼は微笑んで応えた。
「手放そうとしたら意地悪だと言われ、誘おうとしたら悪い人だと言われる。僕は一体どうしたら良いのですか、純さん」
大島から伊東に戻るヨットで交わされた言葉を出して、彼は私の抵抗をスマートにあしらった。
堕ちる。そう感じた。
この猛々しく優しい、危険な香りのする男性に、私は堕ちてしまう──。
食事を終えた後、彼は言った。
「下に部屋を取ってあります。二人だけで飲み直しませんか」
心臓が早鐘のように鳴って、理性が割れるような警鐘を響かせていた。
私は彼に、こくりと頷いた。