その数日後のこと。

夏菜からの電話を受けた私は、意味がわからなくて目をぱちくりさせた。

「……は?」

「だから、うちの会社で働かない?」

「ちょ、ちょっと待って。うちの会社って、どこのことを言ってる?」

「うちの父が経営してる会社」

「えっ、ええ~!」

「この前、雇ってって言ってたじゃない」

「言ってたけど、まさかそんな本当に話がくるなんて……」

信じられない。だって冗談で言ったし(いや、半分本気だったけど)、夏菜だって呆れてたのに。

夏菜ったら、そっけないふりして聞いてくれたんだ……。
なんて感動していると、「でも……」と歯切れの悪い答えが返ってくる。

「父の会社だけど、働くのはお兄の秘書ね」

「お、お兄さん?!」

「そう、この話を持ってきたのはお兄だから」

とたんに、心臓がドッドッと悲鳴を上げた。

夏菜のお兄さんである一成さんには、高校生のときに告白して玉砕している。そんないわく付きの一成さんの元で働くだなんて。

「いやぁ、ダメ元で、千咲働かせてくれない?って聞いたらさ、ちょうど秘書が辞めたばっかりで困ってるって言うからさぁ」

「ひ、秘書?!」

「千咲、秘書検定持ってたでしょ?」

「いや、うん、持ってるけど、でも二級だよ?」

「いいんじゃない?」

「い、いやいやいや……」

「そうよね、うちのお兄の下では働きたくないよね。それは非常によくわかる。あんな無愛想なやつ、そうそういないもの」

「いや、そういう意味じゃなくてっ……」

「うん?」

「一成さんって管理職なの?」

「管理職?」

「だって、一成さんの秘書なんだよね?」

一成さんは私より五歳上だから今は二十七歳だと思うんだけど、そんな歳で秘書を付けるって一体どんな仕事をしているのだろう。

ぐるぐると想像を巡らせていると、夏菜はあっけらかんと言った。

「お兄は副社長だよ」

「……意味わかんない」

私の呟きに、夏菜は「だよねー」と可笑しそうに同意した。その同意が、私と同じ気持ちだったとはとうてい思えないけど。