同時刻。
 控室では、着替えを終えたレグルスが、少しでも会場入りの時間を遅らせようと、ウィレス相手にだらだらと会話を続けていた。

「おい、ウィレス。今回もお前は出席しないのかよ?いいのか?お前、世継ぎの王子だろ?」
「……歓迎式典には出席した。それに、今夜は仮面舞踏会だ。顔を隠してしまうなら、俺が出ていようがいまいが、周囲にはどうせ分からん。だが、お前はちゃんと出席しろ。お前のために催される舞踏会なのだからな」

「お前って本当に苦手なんだな。こういう華やかな場っていうのが……」
 言いながら、用意された仮面を顔に付けようとしたレグルスは、ふと何かを思いついたように目を輝かせた。

「そうか、仮面舞踏会か……。いいじゃないか。まさにうってつけの機会……」
「……何をぶつぶつ言っている?また何か、おかしなことでも思いついたのではないだろうな」

「なぁ、ウィレス。一度、別人になってみないか?」
「…………は?」
 たっぷり数秒の間を空けた後、ウィレスは「何を馬鹿なことを言っているんだ」とでも言いたげに、声を上げた。

「だから、いつもと全く違う、派手に着飾った格好で、仮面付けて舞踏会に出るんだよ!きっと誰も、お前だって分からない。何せ、いつものお前は、この通りの野暮(やぼ)ったい格好だからな」
「……それで俺に、何の得があると言うのだ」

「だから、全くの別人としてなら、想いを告げることができるだろう?シャーリィ姫に。結ばれることはできなくても、せめて打ち明けることくらいは……」
 言いかけた言葉は、テーブルを拳で叩く音と、(けわ)しい眼差しによって(さえぎ)られた。

「シャーリィは妹だ。何度言ったら分かる」
「そうやって、一生自分を誤魔化(ごまか)し続けるつもりなのかよ?誤魔化し続けられるのか?いつかあの子だって、気づくかもしれないぞ。お前が本当は実の兄じゃな……」
「レグルス!」
 再び(さえぎ)られる言葉。だが、レグルスは引かなかった。

「……言っておくが、面白がって言っているわけじゃないぞ。親友としての助言だ。お前、見てて痛々しいんだよ。せめて一時の思い出くらい、自分に許してやってもいいだろう?」
 ウィレスは何も答えなかった。
 ただその目はじっと、テーブルの上に置かれた仮面に(そそ)がれていた。