あの日以来、シャーリィの頭には、アーベントの言葉が()みついて離れない。

 シャーリィは今日も、中庭の東屋(あずまや)で、一人物思いに沈んでいた。
 最近のシャーリィは、アーベントが護衛に付いている時以外は、こうして一人考え込んでいることが多かった。

 アーベントは、答えは急がないと言っていたし、あの日からも、何事もなかったかのような態度でシャーリィに接してくる。だから、シャーリィも以前と変わらぬ態度でアーベントに接している。だが、その心の内は、以前とは比べ物にならぬほどに変わってしまった。

(アーベントと一緒に、逃げる……。この宮殿から……光の宝玉姫の運命から。それは、許されることなのかしら……)
 王女としての立場で言うなら、決して許されることではない。
 だが、ただの十四の女の子としてなら……。

(光の宝玉を()てるということは、お兄様やお母様、お父様――家族の皆を捨てるということ。王女としての暮らしも、何もかも捨てて、庶民として暮らすことになる。リーリエ叔母様達が、そうなさったように。……私に、それができるかしら?王宮の中しか知らない私に。……でも、アーベントが一緒にいてくれるなら……)

 ふいに、あの日のアーベントの腕の熱さを思い出し、シャーリィは知らず赤面した。
(これが、私の運命なのかしら。片恋姫の運命なんかじゃなく、私にはもっと、別の運命が用意されていたの?それとも……アーベントを選んでも、結局は片恋の運命に終わるのかしら……)

 答えを出せぬまま、頭の中でぐるぐると思い悩んでいた、その時だった。
「どうしたんだい?難しい顔をして」
 ふいに横から顔を(のぞ)き込まれ、シャーリィは思わず悲鳴を上げた。

 気配を全く感じさせず、唐突(とうとつ)に現れたその人物は、よく日に焼けた小麦色の肌に、金褐色(きんかっしょく)の長い髪、秋空のような澄んだ青い瞳を持っていた。純粋なリヒトシュライフェ人には、まず見られない色彩だ。

「貴様ッ、何者っ!? 」
 シャーリィの護衛をしていた騎士が、剣を抜き、男に向ける。シャーリィは(あわ)ててそれを止めた。
「待って!()らないで!この人は大丈夫だから!」