「まぁ、姫様を(うらや)む気持ちは分からないでもないけれどね、(つか)えるべき御方のことを悪く思うのはおやめなさい」
「でも……そうは言っても、自分の感情って思い通りにはいかないじゃないですか。姫様は立派(りっぱ)な方なんだって心に念じてはいても、こう、(うわさ)とかを聞いちゃうとどうしても……」
「噂?」

「伯爵令嬢の婚約者を(うば)ってしまわれたとか、ご自分の親衛隊に入られた騎士様を、次々と(とりこ)にしては振ってらっしゃって、そのせいで姫様の護衛騎士は長続きしないのだとか、姫様への贈り物で財産を使い果たして破産した貴族の若君がいらっしゃるだとか、しょっちゅう聞くじゃないですか。そういう噂」
「ああ……」
 先輩女官は困ったように笑ったまま、何も言い返せない。

 その沈黙は、その噂がただの出鱈目(でたらめ)ではなく、(いく)ばくかの真実を(ふく)んでいることを物語っていた。
 
「でも、悪い方ではないのよ、姫様ご自身は。あなたもご本人にお目にかかれば分かるでしょうけど……」
「お目にかかったところで、心証が変わるとは思えませんけど。だいたい本人に悪気が無いっていうのが、一番始末(しまつ)が悪いと思うんですよね。いくらお美しい方だとしても、心からお仕えできる自信無いです、私」
 後輩女官がぼやきながら鳥籠を棚に突っ込んだその時、ふいに背後から鈴を転がすような笑い声が響いた。

「まぁ、残念。私はあなたと仲良くしたいのに」
「ひ、姫様……っ」
 先輩女官の声に、よりにもよって当人に陰口(かげぐち)を聞かれてしまったことを(さと)り、後輩女官は心臓が(こお)りつくような思いでおそるおそる振り返る。

 開口一番に(あやま)ろうと唇を開いた彼女は、だが、そのまま開いた口を動かすことも、閉じることさえできずに固まった。