「いいえ。お気に病まないで下さい。お母様には、私達の心配をするより、ゆっくりと休んで早くお元気になって(いただ)かなくては……。あ、そうでした、今日はお母様のために、素敵なお見舞いを連れて来たのですよ。はい、どうぞ」

「え?あら、ジーナ」
 (ひざ)の上に猫を受け取り、イーリスは瞳を輝かせる。その様子に、シャーリィも(うれ)しくなる。

 母はいつも、今にも消えてしまいなほど儚げに見えて、シャーリィは会うたびに不安になる。
 この部屋に()もり、母につきっきりでいる父の気持ちも、シャーリィには分からないではなかった。

「シャーリィ、私が床についてから、リヒトシュライフェに何も変事(へんじ)はありませんか?エンヨウとの国境に変化は?部屋に()もってばかりでは、外のことが何も分からなくて……」
 ジーナの背を指で優しく()でながら、イーリスが問う。

 身体が弱く、公務は滅多(めった)にできないものの、彼女は国のことを真剣に案じる、誠実な王妃だった。

「いいえ。何も。お兄様が立派に政務をこなされてますもの。エンヨウも、今は表面上、何もしてきていませんし」
「そうですか。安心しました」
 イーリスは、ほっと安堵(あんど)の息をつき、それからふっと表情を変えた。

「そう言えば、ルードルフ達の状況に、何か変化はありましたか?」

 母の口から出たその名に、シャーリィはわずかに身構(みがま)える。
 それは、イーリスの妹……すなわちシャーリィの叔母と、かつてイーリスの想い人だったという男との間に生まれた、一人息子。シャーリィと同い年の従弟(いとこ)の名だった。