「私は一時(いっとき)でも長く、妃のそばにいたいだけなのだ。このように身体(からだ)の弱い妃を、一人で放っておくなど、私にはできぬ。離れていても、心配で、妃のことが頭から離れぬのだ。このような状態で、政務に身が入るはずがなかろう」

「そのお気持ちは(うれ)しゅうございますが、それでも政務に(はげ)まれるのが、国王の(つと)めですよ。さ、そろそろお戻り下さい。私も、たまには娘と二人で、ゆっくり話しとうございます」
 にっこりと、だが有無を言わさぬ口調でイーリスが告げると、ルーカスは今生(こんじょう)の別れのように、涙をにじませて妃の手を(にぎ)()めた。

「政務を終えたら、必ずまた来る。それまで元気でいるのだぞ」
「大丈夫ですわ。大病を(わずら)っているわけでもありませんのに、大袈裟(おおげさ)過ぎます。さ、どうぞ行ってらっしゃいまし」
 どこか追い払うような口調でイーリスが()かすと、ルーカスは名残惜(なごりお)しげに何度も何度も彼女の方を振り向きながらも、やっと部屋を出て行った。

 その姿が見えなくなった途端(とたん)、イーリスは笑みを消し、物思わしげに吐息する。
「困ったものですわね、陛下にも。家臣達やウィレスに迷惑をかけてばかり……。リヒトシュライフェの政務は今、どうなっているのでしょう」

「大丈夫です、お母様。お兄様が、お父様の代わりにしっかりやっていますから」
 イーリスはシャーリィの方へ顔を向け、(はかな)げに微笑む。
「ありがとう、シャーリィ。ごめんなさい。あなた達に心配ばかりかけて。あなたもウィレスも、本当によく出来(でき)た子です。親の務めどころか、国王・王妃としての務めすら、満足にできていない私達のために、あなた達には苦労をかけています」