「お兄様ったら。私の騎士をいちいち恐がらせないでちょうだい」

 数時間後、私室へ戻る途中の兄を回廊(かいろう)途中(とちゅう)でつかまえたシャーリィは、彼を無理矢理、自室へ引っ張って行った。
 そのまま、(なか)ば強制的に三時のお茶の時間に付き合わせる。

「恐がらせてなどいない。騎士としての心得(こころえ)を言って聞かせただけだろう」

「内容じゃなくて、態度に問題があるのよ。そんな、髪で顔がほとんど(かく)れて見えないような人に、(きび)しい声で、(にら)まれながら言葉をかけられて、恐がらない人がいるものですか。騎士だけじゃなくて女官達や廷臣達も、皆、お兄様のこと恐い人だって誤解しているのよ?おまけに(かげ)では『猛獣みたいな王子様』だとか『美と芸術の国リヒトシュライフェの王太子に相応(ふさわ)しくない』なんて言ってる人までいるそうよ?」

「事実なのだから仕方あるまい。見目(みめ)が良くないことは自覚しているし、いずれこの国の王になる者として、資質が足りていないことも承知している。私は父上のように芸術を解するわけではないし、服装などの流行にも(うと)いからな」

「もうっ!どうしてそんなに簡単に(あきら)めてしまうの!? お兄様より国王に相応(ふさわ)しい人なんていないわ!お兄様ほど勉強熱心で、国のことを真面目に想っている人はいないじゃない!それに見目だって、全然悪くなんかないはずよ!いつも言ってるじゃない。その長過ぎる髪がいけないんだって。その髪をきちんと整えて、顔をはっきり出して、服装も今時の流行に合わせれば、きっとお兄様に(かな)う男の人なんてこの国にはいないわよ」

 テーブルを(たた)いて力説するシャーリィに、ウィレスは苦笑する。
「お前くらいだ。そんなことを言うのは」
「その言い方、信じていないでしょう?でも、私、何となく覚えているもの。小さい頃、まだそんなボサボサの頭じゃなかった頃のお兄様のお顔。あまりはっきりとは覚えていないけど、格好良かったということだけは覚えているの」

「……記憶とは、美化されるものだと言うが」
 ウィレスは冷静に(つぶや)いて、紅茶をすする。

「……信じてないわね?でも絶対よ!この私のお兄様で、あのお父様とお母様の息子なのよ?美形でないはずがないじゃない!いいから、一度私の言う通りの格好をしてみてよ。絶対、宮廷中の女性が、お兄様を見てうっとりするに違いないんだから!だから、まずは服をもっと華やかなものに変えて、髪を……」

 ウィレスは紅茶をすすりながら、黙ってシャーリィの言葉を聞いていたが、やがて飲み終わった紅茶のカップをソーサーに置き、おもむろに口を(はさ)む。
「シャーリィ。アーベント・クライトとは親しいのか?」
「え……?い、いきなり何を()くのよ、お兄様っ」

 つい数時間前、良い雰囲気になりかけていた所を目撃されているだけに、動揺が隠せず、シャーリィの声は上擦(うわず)った。

「……お前がどうしてもと言うなら仕方(しかた)が無いが、私は、あの男をお前の相手として(すす)めたくはない」
「え……?何故?」

「今はまだ、単なる推測に過ぎんが……あの男を想えば、お前はきっと不幸になる」
 その言葉に、シャーリィの顔色が変わる。

「どうして?アーベントに何があると言うの?」
「今は推測に過ぎんから、何も言えぬ」

「……そう。でも、何かありそうなのね。……そうよね。何も無いはずがないわ。だって私は片恋姫なのだもの」
「シャーリィ……」