(これは……主従としてじゃなく、対等な友人にするみたいな言葉遣いに、どきどきしているだけ?昔のお兄様を……私の『理想』を、アーベントに重ねているだけ?でも、どうしよう。どきどきが止まらない。私が求めているのは、この人なの?この人になら、恋ができる……?)

 シャーリィの表情に何かを感じたのか、アーベントもシャーリィの顔を見つめたまま、しばし無言になる。
 沈黙(ちんもく)が流れる。二人を取り巻く空気は、それまでとは明らかに色を変えていた。
 時間さえ凍りついてしまったかのような、長い沈黙の後、ふっとアーベントの手が動いた。
 その手はゆっくりと、シャーリィの風に泳ぐ白金の髪へと伸ばされる。シャーリィは動くこともできず、息を()めてそれを見つめていた。

 だが、その手がシャーリィの髪に触れる間際(まぎわ)、まるでそれを制止するかのように、第三者の声が響いた。
「お前か?シャーリィの新しい騎士は」
 二人ははっとして声のした方を振り返る。そこにはいつものごとく、ぱさついた灰茶の髪で顔を(おお)い隠した、王太子ウィレスの姿があった。

「……お兄様」
 シャーリィの(つぶや)きに、それが誰かを悟ったアーベントは、すぐさまその場に片膝(かたひざ)をつく。
「はい。お初にお目にかかります、王太子殿下。王女殿下付き親衛隊員、アーベント・クライトと申します」
「ああ。聞いている。クライト侯爵次男。母君はシュタイナー家のご出身であったとか。シュタイナー家の者達とは、随分(ずいぶん)親しいようだな。今回の騎士任命も、シュタイナー公の強い(すす)めがあってのことだとか」
 長い髪の間から、金色の瞳がアーベントを(にら)む。アーベントは射竦(いすく)められたかのように、身を(かた)くした。

「はい。シュタイナー家の方々には、大変お世話になりました」
 答えるアーベントの声は、シャーリィに対するものとは打って変わって神妙なものだった。ウィレスはしばらく、品定めでもするようにじっとアーベントを見下ろしていたが、やがて厳しい声で告げた。
「分かっているとは思うが、マリア・シャルリーネは、我が国にとってかけがえのない『光の宝玉守りの姫』。お前はその宝玉姫を主君に(いただ)く身。その務め、くれぐれも忘れることの無いよう、(きも)(めい)じておけ」
「はっ」
 アーベントは短く返答する。

 そのまま何も言わないアーベントを、その後もしばらく(にら)むような鋭い眼光で見つめた後、ウィレスは身を(ひるがえ)した。シャーリィは呆然(ぼうぜん)とそれを見送る。
 ウィレスの姿が見えなくなってから、やっと立ち上がったアーベントは、詰めていた息を吐き出し、こめかみの汗を(ぬぐ)った。

「……お噂通り、厳しそうなお方ですね」
「正直に、恐そうと言ってくれても(かま)わないのよ。……本当は恐くなんて無いのだけど。外見で(そん)をしているのよ、お兄様は」
「……果たして、本当にそうでしょうか。私には、本当に恐ろしい方のように見えましたが」
 ウィレスの去っていった方向を見つめたまま(つぶや)くアーベントに、シャーリィはただ曖昧(あいまい)に微笑んだ。