「だいたいお前は、そうやって『これは恋ではない』『愛せるかどうか分からない』などと言って躊躇(ためら)ってばかりいるから、いつも恋を逃しているのだ。クローゼのことにしても、素直に恋と認めれば良いではないか。確かに、クローゼがお前を想うのには到底(とうてい)及ばない、淡い想いだろう。だがそれでも、恋は恋ではないのか?」

 シャーリィは何も答えない。ウィレスはシャーリィの旋毛(つむじ)を見下ろしたまま、厳しくさえ聞こえる声音(こわね)で続けた。
「そんなことでは一生、真の恋などできぬぞ」
「……いいわ。できなくても」
「シャーリィ……」

「恋なんてしたって、どうせ私は片恋姫だもの。実らない恋に苦しむだけなら、初めから恋なんて、しない方がましだわ」
 言ってシャーリィは立ち上がる。身体の向きを変え、月光の下に輝く宮殿を(にら)みつける。
「さっき、お兄様は私のこと、ひねくれ者だって言ったけど、こんな境遇(きょうぐう)でひねくれなかったら変人よ」

 言いながら、シャーリィは胸元から何かを取り出し、手に(にぎ)る。
 それは、手のひら大の透明な(たま)。月と星の光を受け白銀に輝く『光の宝玉』だった。

「どうして歴代の光の宝玉姫は、素直に運命を受け入れて来られたのかしら。私なんて、もう何度これをここから投げ捨ててしまおうと思ったか知れないのに」
 言って、シャーリィは宝玉を持った片腕(かたうで)を振り上げる。今にもそれを放り投げようとするように。
 だがウィレスは止めもせず、ただ(だま)ってそれを見つめている。

「……止めないのね」
無駄(むだ)だと知っているからな。例えこの高さから投げ落としたところで、その宝玉には(きず)一つつかん。そして、存在する限りは何度でも正当な主の手に戻る。歴史の証明する事実だ」

 それは、シャーリィが決して光の宝玉姫の運命から(のが)れられぬという、残酷な事実。シャーリィは泣きそうな顔で振り返った。
「厳しいわね、お兄様」

(なぐさ)めを期待するなら、お前の騎士でも女官でも廷臣(ていしん)たちでも、適した相手がいくらでもいるだろう。だが、お前に真実を語ってやれる人間は、そうはいないからな」
「お兄様には、光の宝玉の魅力(ちから)()かないものね」

 泣きそうな顔のまま、それでもシャーリィは微笑みを浮かべた。
 王家の人間に宝玉の魅了の力は通用しない。
 光の宝玉姫の血を継ぐ者には、宝玉の力に対する抵抗力のようなものが生まれるのだ。

 初代光の宝玉姫マリアの血脈を受け継ぐ、リヒトシュライフェ七公爵家の者たちも、光の宝玉の魅力(ちから)が効きづらい性質を持っている。
 だが、特に初代の直系筋であり、他家と比べても数多くの光の宝玉姫を輩出(はいしゅつ)してきた王家・エーデルシュテルン家は、別格と言っても良いほど、全く光の宝玉の効果を受けつけなかった。

 だが、それはシャーリィにとって、不幸なことなどでは決してない。むしろ、この上ない幸福だった。家族だけは光の宝玉に(まど)わされることなく、素の彼女を見てくれているのだから。