夜。シャーリィは一人、塔の屋上で(ひざ)(かか)えて星を見ていた。

 満月宮(シュロス・フォルモント)の裏庭の森にひっそりと建つ、古寂(ふるさび)れた物見の塔。
 それは、宝玉戦争で失われた、かつてのリヒトシュライフェ王城の名残(なごり)。今ではもう、訪れる者も(まれ)な、打ち捨てられた見張台だった。

「……やはり、ここにいたか、シャーリィ」
 ふいに声を()けられ、彼女はびくりと身を(すく)める。だが、すぐに声の主に気がつき、ほっと肩の力を抜いた。

「お兄様。よくここが分かったわね」
「宮中でお前が一人きりになれる場所など、そうは無いからな。しかし、決して()められたことではないぞ。宮殿の敷地内(しきちない)とは言え、供も付けずにいるなど……。おまけに親衛隊にも何も言わずに出て来ただろう?クローゼが青い顔で探していたぞ」
「リアンが……」

 その名が出た途端(とたん)にシャーリィの表情が変わったのを、ウィレスは見逃さなかった。だが、何も言わずシャーリィの言葉を待つ。

「うふふ。またリアンを困らせてしまったわね。でも、今回は大目に見てもらいましょう。親衛隊を辞めることを、今日まで(だま)っていた(ばつ)よ。全く、水臭(みずくさ)いんだから。私に何も言わずに、結婚まで決めて……」
 そこまで言って、シャーリィは声を()まらせた。が、眉を寄せ、ぎゅっと拳を(にぎ)()め、言葉を続ける。

「結婚式には、贈り物をたくさん届けさせましょう。当日まで本人には内緒(ないしょ)で。リアンを驚かせてあげるの。素敵でしょう?」
 強がるように笑みを浮かべ、同意を求めるようにウィレスを見る。ウィレスはしばらく無言でシャーリィの顔を見つめていたが、やがて(あき)れたようなため息をついた。

「……全く、ひねくれ者だな。お前は」
「い、いきなり何を言うのよ。お兄様ったら」
「いや、ひねくれていると言うより、強がり、か?(くや)しいなら、悔しいと言えば良いだろう。身内(みうち)の私にくらいは」
「悔しくなんて無いわよ。私、リアンのこと、そういう風に好きだったわけじゃないんだから」
「だが、好意は(いだ)いていただろう」

 間を置かず切り返され、シャーリィはわずかに(ひる)む。

「……好意はあったわ。でも、恋じゃない」
「そうだな。まだ恋ではなかったのかも知れんな。だが、そのうちに恋することもできたのではないのか?あの男になら」
「そうかもしれないわ。でも、その前にリアンはいなくなってしまったもの」
「後悔するくらいなら、引き留めれば良かったのではないのか?」
「そんなことできないわ。彼のこと、そういう風に愛せるかどうかも分からないのに……」
「それでも、お前に引き留めて欲しかったと思うがな。あの男は」
「そう……かしら?」
 問う声は、ひどく気弱な響きをしていた。