「え……?」
 戸惑いの表情を浮かべるシャーリィの前に、フローリアンは片膝(かたひざ)をつき(ひざまず)いた。

「実はこの(たび)、お(いとま)(いただ)くことになりました」
「何を言ってるの、リアン。冗談でしょう?親衛隊を()めて、どうするつもりよ?」
「領地に戻り、妻を(めと)ることになりました。その後は、父の後を継ぎ領主に……」

「それは……あなたのお父様の命令で?」
 問う声は、知らず震えていた。フローリアンは気づかぬふりで、首を横に振る。
「いいえ。私の意思です」

「……あなた、私のことを好きだと言ってくれたわよね?」
 かつてフローリアンは、シャーリィに告白していた。
 そしてシャーリィは「今はまだ、そういう風には見られないから、答えは待って欲しい」と告げたのだった。

 フローリアンに問いをぶつけたものの、すぐにシャーリィは後悔した。これではまるで、責めているかのようだ。
 だが、一度口から(こぼ)れた言葉は戻らない。

「お許しください。もうこれ以上、姫様のおそばにいることに耐えられないのです。あなたのふとした笑顔に希望を抱き、些細(ささい)な言葉に絶望し、あなたが他の男に心奪われるのを恐れ……それを繰り返しながら、日々を過ごしていくことに。あなたが振り向いてくださるという保証も無いのに……」
「それは……」
 言いかけ、だがシャーリィは言葉を続けられなかった。

 引き()めたい。だが、それが彼にとってひどく残酷なことだということは、彼女にも分かっていた。

「……ごめんなさい」
 結局、彼女が口にできたのは、謝罪の言葉だけだった。
「いいえ。悪いのは私です。姫様と過ごした日々は、私にとって何よりの幸福でした」
 そう言って深々と頭を下げる騎士を、シャーリィは唇を()みしめ、静かに見つめた。

 この光景ですら、彼女には見慣れたもの。
 今までに何人もの騎士を、彼女はこうして見送ってきた。そして、これからも見送り続けるのだろう。
(あなただけは違うって、思っていたのに……)

 誰もが彼女に恋焦(こいこ)がれ、彼女に熱心に愛を告げ、その想いにもがき苦しんで、やがては彼女の元を去っていく。
 シャーリィが彼らに愛を告げられ、ゆっくり好意を(はぐく)んでいっても、その想いが恋に変わる前に、皆いなくなってしまう。

 それでも、彼女は期待し続ける。未だ恋を知らない彼女が、恋を見つけられるその日まで、そばで待ち続けてくれる『誰か』が現れるのを。
 片恋姫のジンクスゆえに、恋に()ちることに臆病(おくびょう)な彼女を、それでも無理矢理、恋に堕としてくれる『誰か』が現れるのを。